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スペインで暮らす(大学編)#7 授業中の議論への参加の評価基準:中身のある発言か、発言回数か

前回の記事で書いたように、今週はアラブ社会、マグレブにおける政治変化と市民社会についての授業を受けている。2週間の中で1日4時間、4人の教授が2日半ずつ担当しており、中東の民主化、アラブの春、ISISなど多岐にわたるテーマの授業が行われている。このクラスを含め、大学院の授業は成績に大体出席点が30%を占めることが多く、さらにこの授業はディスカッションへの参加がプラス30%としているので、議論への参加度が成績上重視されている。しかし、これまでの他の授業でも度々思ったことがあるのだが、これってとにかく発言回数をチェックしているんだろうか?それとも議論への貢献度なのか?

日本の大学院と比べると、授業中の発言はスペインの方が多く、先生の話を遮って質問することは全く失礼なことではないし、わからないことはちゃんと説明を求める学生の態度は素晴らしいことだと思う。ただ、議論をする時に私の体感だと9割くらいの発言は特に何も根拠はないのであまり議論が深まらない。とってもざっくり言えば、大体誰かが人権大事!的な発言をしてそれに賛成する人たち、という感じで毎回終わる。自分も発言はするけど、議論を作っていけるだけの知識もスペイン語能力もないので、そのままふわふわの議論を作る人たちの一部になってしまうのだけど。。その点、こっちの授業の方が議論は活発だけど、内容の質は日本の大学院の時の方が高かったように思う。

日本の大学院の授業の時は、大抵数人、博士課程の専門家みたいな人たちがいて、その人たちが色々と面白い発言をしているのを聞いて、教授からだけじゃなくてその先輩たちの意見を聞くのが楽しかった。ただ、そんな専門家たち後に薄っぺらい発言しかできないのが恥ずかしくて、数えるほどしか発言はできない雰囲気を(勝手に)感じていたし、多分そう感じていた人も多かったから沈黙の時間があったりとか、先生だけが話している時間が長かったりもした。

もちろん質も量も伴っている方がいいんだろうけど、その場合の成績評価ってどうやって行なっているんだろう?とちょっと気になった今日でした。

記事を読んでいただきありがとうございます!日々の中で感じたこと、考えたことをつらつらと書きとめていきたいと思います。