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連続短編小説                作・瑚心すくい

其の一 呪い払いの書

薄明の霧が立ち込めるうっそうとした森の中、険しい岩々の間の道をただひたすら歩いて上る女の名は、杜屋弥生(もりややよい)。
ここは京の比叡山。
「ふう。もう寅一刻に出発してから三の刻。そろそろ見えてもよかろう。」
「むっ!」

まだ暗闇の中に天高くムササビのごとく松の大木から、ゆるりと細い枝に舞い降りた人影。
「お前は誰じゃ!」弥生

「わたしの名は、牛若丸。」
「お主おなごですね!」弥生
「ふん。気になるか?」
「気を感じただけじゃ。くだらぬ。」

「お主、鞍馬寺(くらまでら)を目指しとるのか?」弥生
「後一刻はあるぞ。何ぞ恨みを持って鞍馬殿に会いに来たか?」牛若丸

「お主には関係のないこと。」弥生
「そう言う訳にもいかんでの。わたしが寺の番人故。」牛若丸

「言うてみい、訳を?」牛若丸
「・・・、呪い払いの書をもらいに来た。」
「なにー!、あれを使えるのは鞍馬様だけじゃ。」
「それは知っておる。だから許しを請うにここまで来た。」

「何とまあ、・・・然し、徒ならぬ事情がありそうじゃな。」
「それを話す故、鞍馬殿に逢わしてくれぬか?」

「仕方ない、・・・、はあーーピューーッ!雷神よ!これへ来たれー!」

(一瞬の静寂)

「ひゅ~~、(何やら山上の方から音が聞こえる。)」
「バシャバシャバサッー。」人5人分ほどの大きな鷲が舞い降りてきた。

「さあ、わたしと一緒にこれに乗れ。」牛若丸
「わかった。」弥生

「行け、雷神よ、鞍馬寺へ向かえ!」
「バシャバシャバサッー。バシャバシャバサッー。」
「ヒューーーッ。バシャバシャバサッー。」
「バッサッ、バッサッ―クウッー。」
「さあ、着いたぞ」。

なんと、そこには20尺ほどあろうか?背中に羽の生えた男、
これこそ鞍馬天狗が仁王立ちしていた。
「ガッハッハッハ。よくぞ、おなごのくせに呪い払いの書を貸せ、とな。聞けぬ願いじゃぞー!訳を聞かせてもらおうぞー!」
「はい、そこは話だけでも」牛若丸
「だからお主はおなごに甘いのだ、おなごどうしはどうもすかん。」鞍馬
「ハッ、失礼しました。」牛若丸

「はっきり言う。わたしの許婚が黄泉の国へ連れていかれた。」弥生
「なんじゃとー!誰にじゃあー!」鞍馬
「悪邪の獅子に。わたしを妻にすると訳の分からぬことを勝手にほざき、私の許婚を癌鉄に変化さしてしまったのです。そして地獄へ連れ去りました。」弥生
「なんと!悪邪の獅子と言えば地獄の天満様の息子じゃないか。あれも、なんちゅう、わがままなことしてくれたんじゃ。」
「むーーー。出来ぬ話じゃ。娘帰れ。」鞍馬
「そこを何とか、聞いてくれぬかー!」弥生
「鞍馬様。」牛若丸
「良いか、娘、ん、弥生とやら。この呪い払いの書は地獄では神通力が聞かんのじゃー。」鞍馬
「何と、悪邪の獅子め、適当なことをぬかしおったなあー!」弥生
「いや、弥生が呪い払いを持ち地獄へ落ちたなら、呪いの書は燃え尽き。地獄の邪見どもが、この平安の夜を地獄にするつもりなんじゃ。それが一番の目的じゃー。」鞍馬

「では、わたしの許婚はどうなるのだ!」
「恐らく、そのまま地獄の窯へ落してしまうつもりじゃろう。」鞍馬
「何だとー!はじめっから、そんなことを企んでおったのか!ゆるせん!」
「弥生、落ち着け。」鞍馬
「これが落ち着いていられるかー!」
「だから、落ち着けっていうとるが。」鞍馬

「おい、弁慶ー。」
ドンッドンッドン。(地響きがする)
「お呼び申したか。」これまた鞍馬より小さいがでかい。
「今から京中を回り烏丸一族8人衆をこれへ連れてまいれ」鞍馬
「私は」牛若丸。
「あー一緒に行って参れ。五条の橋で暴れるでないぞ。」
「あっ・・、はい!?」牛若丸

「私は」弥生。
「そちはわしの肩を揉め」鞍馬
「鞍馬殿ー!」牛若丸
「冗談じゃ、牛若のお坊ちゃんよ。その短気がお前の欠点じゃ。」
「はい、鞍馬殿。」牛若丸

「弥生よ、暗黒の蔵にこもり蝋燭をともし呪い払いの書を全部覚えるのじゃ。そして私が教える呪文も覚え、何とか許婚を助けるがよい。」鞍馬
「鞍馬様、かたじけない。それがし一生恩にきる。」

「牛若丸よ、わしもおなごに弱かったなかなあー?」鞍馬
「私には厳しゅうございまする。」牛若丸
「お前は色気がなさすぎる。」鞍馬
「・・・・。怒ってもよろしゅうか!」牛若丸
「ほら、また短気になっとる。これぐらいで動揺するようじゃ、戦には勝てんぞ。」
「それとこれとは別じゃあー!」牛若丸が剣を鞍馬に向けて切りつける。
ブーン!!!
あっさりと鞍馬天狗の団扇でとばされてしまった。
「あーーーー!---、」

「弁慶すまん、あいつ信濃の槍ヶ岳まで飛んだ。少し時を待たれ。」
「は、はい。」

「さあ、弥生。呪いの書を読むつづけ、途切れることはままならん。飲まず食わず正座で十四の夜明けを迎えねば、全て無になる。覚悟はいいか。」
「はい、覚悟はできております。」
「よし、では蔵へ入れ、呪い払いの書は机の上にある。」

「ギイーッ。」扉を開け、鞍馬が灯した蝋燭を手に中へ入った。
「ギイーッ。ドンッン!」

(瑚心すくい)其の二へつづく

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