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【グレィヘアに憧れて】






「白髪でも美しくいられるものよ…」


まだ十代の小さな私に

語るもうひとりの育ての母…。

そんな母は
軽やかにカールした髪の所々にある
少し気になり始めた白髪を
栗色に染めつつも

そんな事を時には口にしていたのです。


その
美しい白髪とは


そう
それは


Gray hair…






白髪は老いのはじまり様に
捉えがちではありますが

その母の話には

決してこの世の常識にある
ネガティブな感情を感じさせるどころか

かえってトキメク様な語りだったのてす。


それも小さな
十代の私でさえも

母が言う
おとなのロマンスグレーのお話は

不思議と
心を動かされたものでした。

(  女性でしたらグレィヘアと言いますね)



そんな
母からの影響でしょうか


私は街中で見かける美しい
グレィヘアの人を見かけるならば


その人の
残り香に引き寄せられるかのように

心の目が
その人を追って
見つめてしまう者であります。



それは

小さな幼い頃の私の内に
残された種の様なことばが

時を超えて
再びトキメキ
芽をだすようでありました…。



ここで言う

心の目というものは

先程もお伝えした様に
決してこの世の常識や
老いることへのネガティブな感情ではなく

その在り方
生き方が

どのようなものであるのか…

そう

小さく
静かに
ときめく表現として
捉えていただけたらと思っています。



ブログを始めた頃の
2007年ぐらいでしょうか…。

その頃にはもう
私は
還暦にある自分を想像しておりました。


私の生き方
在り方を
微かなものではありましたが


その頃から
こう在りたいと願っておりました。

還暦にグレィヘアに
在りたいというわけではありませんが


まだ見ぬ

晩年には
そういう自分を
静かにも
イメージしているのです。


勿論外見だけではなく

その内側にある
自分の在り方がどの様で在るのかを

その時期から
毎日の様に想像ばかりしておりました。

誰でもただ単に
年老いていく自分の姿を
喜んで受容できるかと言うならば

それは
素直にイエスとは言えないでしょう。

実際にお歳を重ねたご婦人たちも

ヘアースタイルを変えたり
お洒落してお出かけしたいが為に

多くの白髪や抜け毛に落胆し
悩んだ末
育毛剤やらカラーやら
あれこれ健康管理
いわゆる
メンテナンス
お手入れに励むのですから…。

自分には化粧など無縁と思っている
老人ホームの
少し認知症であります
おばあさまでも

たどたどしいシワの多い唇に
真っ赤な紅をひくだけで

内側から溢れる喜びに
笑顔を見せてくださいます。


そう思うと


人は

いつまでも美しく在りたいと思うし

いつまでも
懐かしい若かりし頃の自分

そう

恋のトキメキさえも忘れた
そんなおばあさまも

こんな年老いてる者なのにと

この世の謙遜といわれる様な
ことばを発しつつも

頬を赤らめて
まるで少女の様であります。


いつまでも女性であること
心は純粋な初恋にときめく少女の様…。


グレィヘアに
思いを馳せる私に



さらに
深く刻み込んだ出来事が起きました。


それは
数年前に

育ての母親に
何十年ぶりに再会したのです。



夏の蒸し暑い日でした。

その時の母の姿は
痩せ細っておりましたが
満面の笑みを私に見せてくれたのです。


実はその時はもうかなり
癌に身体全体が侵されておりました。

普通なら立っている事も
出来ないほどであるという
状態の母であるはずなのに


遠方から来た私達
家族の為に
わざわざお茶まで出してくれたのです。

かなり痛みはある様で
身体の骨々はもう
いつ何時折れても
おかしくないないほど…


そして
今日明日…

命を失う

そんな末期の状態だったのです。



なのにも関わらず
痛みに堪え

私たちに笑顔で
迎えてくれたのです。

そんな母に慌てて
台所に向かい代わりにお茶を
入れた私。


その横にいる母は

相変わらず
不思議な感覚を覚える女性でした。

相変わらず…





カラン…





グラスに響く四角い氷の余韻に

母の後ろ姿を何度も
思い出す私がいます…。


その母は

グレィヘア



整えられた
ベリーショートのGray hair…

白いレースの
ノースリーブ

耳には
Simpleなオトナなピアス…




芯は強いのに

何故か
私をみる目は何処と無く
伏し目がち…。




ですが
それもこの齢になり


親になって解ることでした…。


この齢になって…。













そして

その夏

母はこの世を去りました…。



最後に
主によりたのみ
母へむけての祈りを
耳元で聴いてもらいました。

苦しむ母の声が

突然ピタッと止まり…

祈りを聴いていたようでした…。







人生…

最初に思い巡らした様に


思った通りの生き方を
出来る事もあれば出来ない事も
あるでしょう。


平凡に暮らしていても
突然の病や災害
または今のご時世の様に
コロナ禍に生きる現実へと
人々は
置かれるのです。


病にあっても
最後の最後に笑顔を見せてくれた母…。


本当はとてつもなく痛みに
堪えていたのだということも
わかっていました。



実際に最後まで
我慢強い方でしたと
お聞きしていましたので…。






グレィヘア…

ロマンスグレィ



育ての母が
私に植え付けた不思議な言葉は




それは決して老いる事を
ネガティブに捉えたものではない
静かな命の表れの白への移り…。



白髪は輝く冠
神に従う道に見いだされる。


(箴言16:31)




私は

ずっと思っている事があります…



晩年は

グレィヘアに生きるのだと…。


その生き方

在り方は


神にも人にも愛されて
静かに
過ごしたいと思っているのです。


その私は

いつも笑顔で

いつもKitchenで

ありきたりの食事を整え

カーテンをおもいっきり開けて

空の鳥を眺め

みことばに思い巡らす
そんな自分を見るのです。


たとえそれが
どの様な境遇にあったとしても

笑顔を忘れない

老いをネガティブに捉えない
そんな私で在りたいと思うのです。


永遠の
朽ちない白い花の様に…。






グレィヘアに憧れて…





感謝します…。


































































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