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イライラの処理ができない娘と話す。

 娘が、テレビのリモコンを床に投げつけ、それが、デスクワークをしていた私の足もとにやってきた。

 息子(娘にとっては兄)と喧嘩して、イライラして投げつけたもの。

 ものを大切にしないことの罰で、私は即座にテレビを消させた。

 娘はぷんぷんしており、その気持ちの処理ができない様子。

 仕事を中断して、彼女を呼んだ。

 向かい合って立たせて注意をしても、一方的に叱られるだけだし、気持ちは処理できまいね。膝に座るように言う。
 
 最初は背を向けて座った娘に「こっち側向いて座って」と伝え、抱っこしながら話してみた。

「リモコン、投げたらダメじゃん。なんで投げたの?」

 娘は不機嫌な顔で言わない。

 ここで「言いなさい」ってやっても、言いにくいだろうね。

 そのまま抱き寄せて頭をなでながら

「だってさ、
リモコンだって痛いじゃんね。
床も痛いじゃんね。
壊れたらYouTube見られないし、
ママとパパは
新しいリモコン買わないといけないね。
そのぶんのお金で
もっと愉しいことができるかもしれないのに」

「うん・・・」

 娘が答える。

「お金もものも大事じゃんね。
大切に扱ってほしいんだよね」

「うん・・・」

 気持ちが緩んできたのか涙目になる娘。
 膝に抱いたまま、向かい合って話をした。

「なんで投げたの?」

「イライラしたから・・・っ」

「そうか。イライラした時、どうしたらいいかわからないよね」

「うん・・・っ」

「ものを投げなくても、別の方法でイライラどうにかできるといいね」

「うん・・・っ」

「なんでイライラしたの?」

「あの、あのねっ」

 娘は泣きながら、兄との喧嘩の経緯を話してくれた。


 ことの発端は、共同のおやつの娘が大好きな方を、息子が食べてしまったことらしい。

 そのおやつについて、色々話した。

「次、イライラしたら、こうやって話に来れたらいいね」

「うん」

「おっけ。じゃあ、ママ、仕事に戻っていい?」

パソコンを指すと、娘はぎゅっと抱きついてきた。

なので、もうしばらく抱いていた。


「はい。じゃあ、ママは仕事するよ」

 少しして、娘を膝から下ろすと

「YouTube 見てもいい?」

 あ、そうか。罰で消させたんだった。

 でも、この罰はいるかな?

 罰があるから「正しい行動」をする、という人になってほしいわけじゃない。

 私は、罰を与えられて育ったし、
そういう時代だったのだろうけど、

 今は違う。
 私は違う。

「いいよ。ぜんぶ大切に使ってあげてね」

「はい!」

 笑顔になって娘はYouTubeを見始めた。

 しばらくして、戻ってきて言った。

「ママはイライラした時、どうしてるの?」

「ママも、気持ちをうまく処理できないことがあるよ。ママは、アロマオイルを嗅ぐんだよ」

 そこで、アロマオイルについて聞かれ、
 安全なものの使い方だけ教えた。

 うん。
 良い感じ。
 これらの行動は、娘のためではないのだ。

 私自身のため。

 私がありたい私であること。

 これはとても重要なこと。

 どんな人間でいたいかがあるわけで

 その内側からやってくる思いの通りにふるまえないと

 私が私を責めるのだ。

 私が私を嫌いになるのだ。

 嫌いな私を日常で積み重ねることほど

 つらくて嫌なものはない。

 子育ては思い通りにならないことの嵐だ。

 自分の時間をとられる、って感じることがある。

 毎日のこと。

 毎日、嫌いな自分に出会うのはつらいことなんだよね。


「良いお母さん」には私はなれない。

 でも「なりたい人」であろうと思っています。

 時々、失敗もするんだけどね。

「なりたい人」であったり、

 それに近づいている時、

 私は私を信じられる気持ちになる。


 子育て中のママ仲間だけでなく

 全ての人に「こんな自分だったらいいな」

というのがあると思う。

 焦らずに、小さい一歩を日常で積み重ねていきましょ。



飯干りえ奈ドットコム
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