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覗いてごらん

ほら、覗いてごらんよ。そうそう、そのまま。ほら、見えるでしょう。何が見えるかな。そうだね、うん。そう、その望遠鏡はね、見えるものは見えなくて、見えないものが見えるんだ。見える角度が狭いけれどとっても高性能の望遠鏡なんだ。高性能とは違うかい。まあいいじゃないか。君はそういうのを欲しがっていただろう。そうやってすぐ「他人」と違うものを欲しがる君は。今日の服だってどうしたのさ。かわいいバルーンパンツにもう4月だっていうのに分厚い黒のニットを着て。まだ冬が忘れられないのかと思ったよ。違う、冬が私についてくるの。そっか。僕にはよくわからないな。いいから覗いてごらん。何が見えるかな。うん。そう。そのハンドルを回すと、君の頭の中で「良い」と思うものには明るくハイライトがついて、君が「悪い」と思うものには暗くシャドーがかかるんだ。そう、君の意のままにそれは動いてくれる。僕も覗いてみたいな。どれどれ教えておくれよ。そうか、うんうん。君の良いと思うもの。僕も「良い」と思うな。でもね、一つだけ君とは違うものがあるな。君は人の笑顔が苦手なんだ。でもシャドーが薄いから、本心ではそうとは思っていない。だって君の口は笑っているもの。君が人の笑顔を見る時は君も笑顔になる、それが苦手なのかい、いやなのかい、気に食わないのかい。まあいいさ、どちらにしても僕には関係のないことだね。僕が言いたいのは、君はそういうところが「良い」ところだということさ。僕が覗いた君はプリズムのように輝いて、でも珍しく色がついている。この望遠鏡はね、基本的には色がつかないんだ。明るさと暗さだけ。でも色がつくことがたまにある。なんで色がつくのかは君の想像に任せるよ。そうだね。ふふ。君の考えていることとおそらく真逆だろうな。君は思慮深いし聡明だと思うけれど、察する能力も察せられる能力も一般人以下だ。仕方がない、仕様がない、人には難しいことと容易いこと、悲しいことにはっきりと分かれている。でも決して「向いていない」と逃げないことだ。そうしたら僕は激怒するからね。君にいくら怖がられようとも。わかったかい。


目を離すと辺りは夕暮れ。さっきまで明るかった青空は茜色に。風が冷たく鋭く身体に刺さる。皮膚の感覚が細くなる。吐く息の色は見えない。振り返ると君は居ない。戻ると望遠鏡は夕日に焼かれて輝いていた。そう、君の色。

夏はアイス、秋は焼き芋、冬はおでん、春はさくらもちを食べます