水を貸せばややこしい。とかくに人の世は住みにくい。

化粧水の空ビンが出されているのに気づく。

冬の夜に顔を洗うのが得意な人はいないだろう。
「ひー ちべたっ」
濡れた手で洗顔料の蓋を開けると、もう残りが少ない。
お化粧をしなかった日は夜に顔を洗わないようにしている。ちびたい水と毎夜 向かい合わなくてもいいために 日中もお化粧をしないのではないかと 自分でも半分そうだと思いつつも半分は違う理由をあてがっている。

一度浴びればなんてことはない水をぴしゃぴしゃと顔にかけながら そうだ 彼は今 化粧水を切らしているのではないかと思い出す。
わたしのを使っていいよと言ってみると、あ もう使ってるよと言われるかもしれない。

歯磨き後のうがい薬を手に取って、ああこれも軽いなあ そうだついでに化粧水を買えばいい、あと何か切れていたのはなんだっただろうかと考えながら、口の中でねっとりとした緑色の液体が薄まり広がっていく。

化粧水を切らした時、若い頃 姉の棚からこっそりと頂戴したのを思い出す。少しのことで気づくときもあれば全く気付いていないときもある。晩御飯を食べながら姉をチラリと見る。わたしの心はチクリと痛む。

とかくに人の世は住みにくい。

彼が化粧水を切らしてわたしの分を頂戴していても特段気にはしないが、残り少ないとどうだろう。欲しい時に「自分の分」だと思っているものが誰かに消費されていたと思うと腹が立つだろう。使っていいよと言った手前、こちらの都合が悪くなると、すまないが出て行ってくれと言われたら、向こうも そりゃないでしょうとなるだろう。
でははじめから分け前はルールで決めましょうとなると、それはそれで 余っているのに足りない人にまわらないと不便なことになる。
とにかくこの世は住みにくい。よく言ったもんだ。

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