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陣中に生きる—6

九月十日 曇り ②

甲子園で、急行に乗り換える。
浜脇小の校長ほか一部の人々は、ここから引き返された。
しかし、まだまだたくさんの人が自分を見送りに来ていた。
これらの人々を見ると、ほんとうに有がたくうれしかった。

そこでなんとか謝意をと思いながらも、どうしても現しえない。
それがもどかしくてならない。
阪神梅田駅に、介中さんがでていてくれた。
よくもこんなに早く、方々に知れわたったものである。


大阪駅についた。
予定通りなので、やれやれと思う。
同僚たちは、ほとんど顔を見せていた。
思いがけないひとも、チョイチョイ見えている。

餞別が多くて、恐縮至極だ。
どなたから何をいくら頂いたやら、とても記憶しきれない。
プラットホームに上がった。
みんな元気に軍歌をうたってくれるので、自分もいっしょに、なにもかもうち忘れて、張り切ってうたった。
こうなると、腹がすわった感じである。


列車が、サッソウとすべり込んできた。
こうした間にも、わが家と家族のことが、チラチラと脳裏をかすめる。

汽車に乗りこむ。
いよいよ、熱狂的な歓呼だ。
まるで、万歳のるつぼだ。
その光景を見つめていると、銃後の熱誠が骨盤にしみた。
同時に腹の底から、
「よーし頑張るぞ!」と闘志がもえる。
感謝感激の極みというか、まさに息づまるばかりだ。

つばめ号はすべるように、動き出して速度をました。
その時、気が遠くなるのをおぼえた。
人波が、後を追って押しよせてくる。
紅白のあわが、ホームをうずまいている。
うるんだ目には、そのようにうつった。

列車のスピードがますにつれて、動揺する人の群がちぢまり、かすみ、やがて視界から消えた。
そこで初めて、とにも角にもホッとして、身を引いて腰をおろした。

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