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エッセイ【多様性が無知を減らす】

あれは今から35年以上前、新宿の歌舞伎町にほど近い街の歯科医院で働いていた時の話。

駅から医院までの道端に「あ!お金が落ちてる」と拾ってみると、どこか知らない国のコインということが日常だったあの街。多種多様な人がいて、そしてみんな歯が痛くなると同じように歯医者さんにやってくる。それがなんだかとっても不思議で、毎日異世界で働いているようだった。

午前の予約時はノーメイクにスエット上下でサンダル髪ボサボサのお姉さんが、夜「仮歯がとれちゃった。出勤前になんとかして!」と駆け込んでくる時には、別人メイクに素敵なお召し物ハイヒールでばっちり決まった髪型で、え、誰!?と診察券で名前を見るまでわからない。保険証では男性だけど診察室に入ってきたら、あれ?女性!?カルテに書かれた年齢は60代でもどう見ても30代にしか見えない方がいたり。小指の無いこわもてのお兄さんや、真夏の暑い日でもいつも長袖の優しいおじさま、実は手首近くまで立派な龍の彫り物が入っている、とか。顔はバリバリ白人の男の子なのに英語の成績1で英語がまったくしゃべれず「英語、難しいっスよ」と笑うマイケル君。治療中、「イタイ。コワイ」と片言の日本語で泣きながら私の手を握って離さなかったのは、どこの国の方だったっけ?
驚くほどの金額を歯科治療にかける人のすぐ横で、生活保護を受けながら最低限の治療で我慢する人がいて……。

ほんの少し前まで自分がいた世界はなんて狭かったのだろう。世の中にはこんなにもいろいろな人がいる。

自分の近く、似たような環境・価値観・生活スタイルだけ見ていては、気づかない見えてこない世界があることをあの時私は初めて知った。この刺激的な10代最後の一年が、ひとつの方向、ひとつの場所からだけ見て考えるのではなく、いろいろな方角から見る、想像力を働かせ人それぞれの背景を考える大切さを養ってくれたのかもしれない。そんなことを今になって思う。

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