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エッセイ【失敗の子育て】

子どもの頃、「失敗」するととんでもなく怒られた。だから、失敗や間違い何かやらかしてしまったことはとにかく隠す、親にバレないようにごまかすべきものとなっていた。なぜ間違えたのかどうして失敗してしまったのか、検証して次は失敗しないようにしよう。そのためにどうすべきかという学びの入る余地はゼロだった。

ある時、昼食中の父が手を滑らせ茶碗を落とした。食事時に度々お皿や茶碗をひっくり返したりこぼしたりして怒られてばかりいた幼かった私は、ここぞとばかりに嬉しくなって、父の失敗を指摘した。「わあ、お父さんもお茶碗落とした~♪」と。

結果、昼ごはん抜きのバツとげんこつをくらった。

こうして子どもの私は「自分の失敗」から、失敗することに対してどう反応すべきか学んだのだ。
まず、自分が失敗した時はひたすら隠すべし。そして、親は神のような存在だから失敗はありえない。親の失敗は、意識の中から抹消すべし。

自分が大人になって子どもを生み育て始めた時に、ふと気づいてぞっとしたこと。それは、親の私に対する子育てこそが「失敗」だったのではないか、ということ。
親は神ではない。ただの人間だ。親だって子だって失敗はする。むしろして当たり前。子どもが親の顔色を見て失敗を隠してまわっていたら、次は失敗しないようにと学ばせることなんてできない。私が親からうけた子育てそのものが、失敗だった。

ならば、この失敗を自分の子育てに活かしてみよう。子どもたちがなにか間違えたり失敗した時、いかに感情任せに怒らないようにするか。いかに子どもたちが親に報告相談しやすい環境を作るか。怒鳴りつけたり怖がらせたりすると、子どもは失敗を隠そうごまかそうとする。その心理状態は、昔の自分に聞けばすぐわかる。親の子育て失敗ケースをもとに私の子育ては始まった。

さて、私の子育てが本当のところ成功だったのか失敗だったのか。
結果は、我が子が子育てする時にわかるのかもしれない。

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