『第7回:大学落研の先輩は動物園の名手、の巻(寸志滑稽噺百席其の五)』
寸志滑稽噺百席とは:珍しいネタを増やすのもいいが、立川寸志はどこでもできる、絶対にウケる、汎用性の高い滑稽噺を二ツ目のうちに増やすべきではないか。それが杉江松恋の提案でした。年6回、三席ずつを積み上げて真打になるまでに百席を積み上げる会がこうして始まったのですが。
杉江松恋(以下、杉江) 第5回は2017年10月20日。席の13、14、15は「手紙無筆」、「動物園」、「百川」でした。
■「百川」
【噺のあらすじ】
料亭・百川に雇われることになった百兵衛は、手が足りないということで早速二階に上がる。そこでは江戸っ子たちが、祭りの四神剣を質屋から請け出す相談のために集まっていた。
杉江 「百川」については一つ話があって。打ち上げのときに、「蒟蒻問答」は誰の十八番って言ったかな、先代の(林家)正蔵かな。
立川寸志(以下、寸志) 「蒟蒻問答」をつくったのが二代目の林家正蔵という方だったと言われます。私の推しは先代(春風亭)柳朝師匠ですね。乱暴な感じがたまらなくいいんです。
杉江 そうでしたか。で、「素人浄瑠璃」は「寝床」だから八代目(桂)文楽、「青菜」が五代目(柳家)小さんで、「鰻の幇間」も文楽。だから「次は(六代目三遊亭)圓生じゃないですか」って言って、「『百川』やったらどうですか」って言ったのは憶えてます。
寸志 ああ、それで「百川」なのか。
杉江 なんじゃないですかね。10月で祭りだから、というわけじゃないのかな。
寸志 いや、どうなんすかね。僕も今年「百川」やることになって、これは季節のものなのかなってちょっと調べてみたんですけど、何とも言えない。マクラで天下祭の話をしますよね、将軍様がご上覧になる。神田祭が出て来るでしょ。あれはいま5月で昔は……。
杉江 夏ですね。秋じゃあないですね。祭りの後だからいいんじゃないですか。
寸志 でもね、「祭の前になって」っていう話になってるから。
杉江 ああ、春なんですね、ほんとは。
寸志 ね。でも、そこまで気にすることはないかなと。
杉江 今の感覚だと祭は秋のものだからいいんじゃないかな。
寸志 「百川」はね、好きなんですよ。六代目圓生のはめちゃくちゃおもしろい、ほんとに。主人公の百兵衛について圓生師匠の芸談もある。「最初は『ごめんくだせえやし』って言って田舎もんをリアルに描いてたけど、そうじゃないんだ」と。おとっつぁんの、五代目の圓生に言われたんでしたか、「そうじゃないんだ」と。どうすればいいのかと思って、とにかく明るく「ごめんくだせえやしっ」みたいな感じで、リアリティからは離れてったほうがおもしろいんだと圓生が悟ったという。圓生が一番おもしろいというか、一番ふざけてるというかね。六代目圓生ってむちゃくちゃ笑えますでしょ? 「居残り(佐平次)」にしてもそうだけど。人情噺とか圓朝物とかがクローズアップされてていいんでしょうけど、僕はやっぱ、おもしろい噺をする圓生が大好きです。もうかわいいよな。(八回手を叩いて)「ウゥヒッ!」ってね。これね、手の叩きかたが一音少ない師匠もいるんですよ。あれって「タンタン、タンタン、タンタン、タンタン、ウゥヒッ!」じゃないですか。それが、「タンタン、タンタン、タンタン、ウゥヒ」なんですよ。申し訳ないんだけど、ちょっと気持ち悪い(笑)。
杉江 一拍足りない(笑)。
寸志 だって、三本締めだって、チョンチョンチョンチョンチョンチョンチョンチョン、じゃないですか。日本人のリズムとして。それを崩して演じるんだから、ある意味凄いなあと。
杉江 (またアンケートを見て)「前半のみ独立させて、サゲをつければいける」っていうのはなんでしょう。後半がいらないってことかな。
寸志 いや、僕もそう思わなくもないんです。後半の「歌女文字のところに行ってこい」のくだりいらないんじゃないかって。あそこで話ガラッと変わるんでその前で終わっちゃっていいんじゃないか、ということですよね。このお客さんが言ってるのはね。あんまり「歌女文字、鴨地」でスッキリしないもんね、あれね。だって歴史上の人物とかじゃない、登場人物の名前同士の取り違えミスって、それはちょっとズルくないですか。
杉江 「落とすために言ってんだろうな」というのがわかっちゃいますからね。
寸志 うん。前半だって四神剣というものを説明するもったり感というのも、正直あります。だから、これも汎用性が高いとは言えないですわね。そもそも長いし。僕自身は、たぶん将来もやるだろうなと思いますけど。好きなネタ、得意にしたいネタにはなるかなと思います。やっぱりね、二階で河岸の若い連中が交わす会話がおもしろいんですよね。江戸っ子たちと田舎者ぐらいだったら何とかなるんですよ。「蒟蒻問答」レベルになるともう駄目なんですよ。情けないけど。
■「動物園」
【噺のあらすじ】
無為に暮らす男のところにまたとない儲け話が飛び込んできた。動物園でライオンの皮をかぶって成りすましているだけで高級を約束するというのだ。喜び勇んで行く男だが。
杉江 このときのネタおろしは何ですか。
寸志 「動物園」です。前半の仕事してないところからもう完璧に変えてます。これも先代(柳家)小せん師匠が、めちゃくちゃおもしろい。で、その小せん師匠そっくりに大学の落研の先輩がやるんですよ。それがね、すごいうまくてね、むちゃくちゃおもしろい。一学年上で僕の前の会長だったAさんって方で、旅行会社にお勤めの先輩がいるんですけど、その先輩のがプロアマ問わずで今までで一番おもしろいですね、「動物園」。虎の歩き方のところね、「ホラこうだよ。できるよ」っていうんですけどね。小せん師匠のセリフです。
杉江 (笑)。学校寄席なんかよくないですか。虎の足運び見せるだけで笑いそう。
寸志 そうそう。あれだけで子供が大喜び。
杉江 翌日、学校で流行りそうですよね。
寸志 流行る流行る。あれどうやってんだろう、みたいな。
杉江 上手くできたやつがちょっと教えたりしてね。
寸志 「『行くほうに肩を下げる』って言ってたぜ!」とかね。
杉江 これはネタおろしだったんですね。その後やってますか。
寸志 やらないなあ。もう本当ね、これまで5回分、計15席の話をしてますけど、ほぼやってないのね。
杉江 困るなあ。まあまあ、別にね。強制するわけじゃないというか、ハマればやればいいわけだから。
寸志 なんだかすいません……。
■「手紙無筆」
【噺のあらすじ】
おじさんから手紙をもらった男が兄貴分のところにやってくる。無筆(読み書きを習っていない)ので代わりに読んで用件を教えてくれというのだ。しかし兄貴分も雲行きが怪しくて。
杉江 じゃあ、次は「手紙無筆」です。
寸志 これは前座のころから。立川流の一門会でもやってましたね。みんなあまりやらないですし……あ、(立川)談吉兄さんはやるかな。僕はサゲも変えてます。あそこ、あの広小路でバッタリ会ったっけ」のところが苦手なんですよ。苦手というか面倒くさくてやらないんだ。それでそこに入る前の部分をちょっと膨らまして、ちょうど15分です。これ今でもね、「ああ、何しよう。どうしよう――う~~~ん、無筆!」ってやっちゃうこともありますね。これはよくやるほうです。
杉江 そういった意味では、汎用性というテーマにはぴったりですね。
寸志 ただね、無筆というもののリアリティがもうお客様にも我々にもあんまりないので。字が読めないで困ってる、相談されたほうも読めない、という状況設定が飲み込みにくいのかなっていう気がします。ただただふざけてる人たち、という感じにね。ふざけてる兄ぃみたいに思われちゃうと、この人も無筆だったんだ、というのがあまり伝わらないのかもしれない。サゲは家元が「手紙無筆」の中で使ってたギャグをサゲにしたものです。師匠の前でやって、「それでいい」と許しを得ました。「使いの者がいるならそう言えよ。この謎を解く重要な鍵じゃないか」「謎でもなんでもないんすよ。読んでくれればいいんだ」「ああ、そっかそっか。使いがいるのか。じゃあお前な、使いの人と一緒に今からおじさんのところ行ってこい」「えっ。おじさんとこ行っちゃうんすか」「手紙持ってくんだよ」「持っていってどうするんすか」「おじさんに読んでもらえ」っていうんですけど、これ、家元は途中で使ってるクスグリの一つですよ。本来のオチは食器のおひらで「ひらのかげで見えなかった」とか、なんかよくわかんないでしょ。おひらを説明しないといけないし。だから、その前で切っちゃう。この形で師匠にOKもらってるんで、それでいいんです。(つづく)
(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)
※「寸志滑稽噺百席 其の二十八」は8月26日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催予定です。詳細はこちらから。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。
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