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NESTINGの1年間ー試行錯誤のすべて

2021年5月頭にβ版の構想を発表し、2022年4月末に正式リリースしたデジタル家づくりプラットフォーム「NESTING」。事業の着想から1年が経ちましたが、ここまでいろいろなことがありました。

遅ればせながらNESTINGというサービスに込めた思いや、今日に至るまでにどんな葛藤や悩みを乗り越えてきたのかを、できる限りオープンに話したいと思います。

NESTINGは、理想の家を建てたいユーザーと、家を建てる役割を担う地域工務店との共創型の事業を目指しています。

今回はNESTINGの現状をありのままお伝えした上で、ユーザーの皆さんと工務店の皆さんと共に、NESTINGというプロジェクトを一緒に育てていけたらと思っています。

NESTINGとは何か

「家づくりを通して、人類の幸福と地球環境の回復に寄与する」

これが、NESTINGのミッションです。

ここ数年で起きたライフスタイルの変化によって「家」について考えた方も多いのではないでしょうか。実際、企業のリモートワーク推進や地方移住、二拠点生活が急激に進むなかで、家のなかで過ごす時間が増えたり、そもそも住まいのあり方を見直した人も少なくないと思います。人々の「豊かさ」や「幸せ」のかたちはこれまで以上に多様になっているにも関わらず、人生の多くの時間を過ごす「家」を取り巻く環境はあまり変わっていません。

一方で家の外に目を向けると、地球環境が悲鳴を上げていることはご存知のとおりだと思います。夏は毎年暑くなり続けているし、日本固有の繊細な四季の変化も感じづらくなっている。このまま何もしなければ、私たちはこれまでどおりの生活を送ることは難しくなります。私たち一人ひとりが取り組まなければいけない大きな課題のひとつです。

人類の幸福(ウェルビーイング)と、地球環境の回復(サステナビリティ)。この2つが家づくりを通して実現したいNESTINGのテーマです。でも、僕たちはただサステナブルな家を作りたいわけではありません。エコハウスのような性能は担保しつつも、デザイン性が優れていることなど、妥協しなくて良い家づくりを、テクノロジーを活用して実現していきたいと思っています。

NESTINGのより詳しい説明はこちらをご覧ください。

NESTINGを始めた理由

そもそもなぜNESTINGという住宅事業に着手するに至ったか。

2020年、僕たちは「EMARF(エマーフ)」というサービスをローンチしました。EMARFは、これまで大企業にしかできなかった家具の製造と流通を、素人を含むすべての設計者に解放するサービスです。

EMARFを使えば、特注の家具を、1点から、ボタン1つで素早くカタチにできます。しかし、EMARFを使いこなすためにはCADなど専門的な技術が必要です。そのため、誰もが使いこなせるサービスではなく、殆どのユーザーがプロの設計者です。本当の素人に使ってもらうには、何らかパッケージを開発する必要があると感じていました。

そこで産まれたのがNESTINGです。NESTINGでは家のテンプレートをこちらで用意し、アプリケーションでそれを編集してもらうことにしました。そうすることで特別なスキルが無くても誰でも家造りができるのです。

EMARFがツールを提供するマイクロソフト型の事業だとすると、NESTINGは哲学の詰まったプロダクトを提供するアップル型の事業を目指しています。

β版リリース後に直面した課題

このような構想を2020年5月に公開し、直後に約70件のお問い合わせをいただきました。反響自体はありがたかったものの、そのときの僕たちにはいくつかの課題がありました。

ひとつめの課題は、NESTINGを使って建てた家がなかったこと。家は、多くの人にとって人生で最も大きな買い物です。いくらアプリケーション上で好きに設計できるとはいえ、実際に建ったモノを見ないことには決断できません。そんな当たり前のことに出してから気づかされました。

そこで短期間で迅速なプロダクト開発を行い、半年後の21年11月に北海道・弟子屈に一棟目の家を建てることに成功しました。

ただ、もうひとつの課題がクリティカルでした。それは、コミュニケーションの失敗です。ローンチ当初、NESTINGの良さはコスト面である、つまりNESTINGを使えば通常より安く家が建てられるのだと多くのユーザーに意図せず伝わってしまいました。たくさんのお問い合わせを頂いたものの、ビジョンへの共感よりも「安く家が建てられそうだ」という期待の方が大きく、ほとんどが破談に終わってしまいました。

最終的に安くなることは当然目指していますが、目先のコストより長期的なミッションの方が重要であり、まずは高いデザイン性と高い環境性能の両立を実現することの方が重要だと思っています。

β版リリース後にわかってきたこと

いま振り返ると、とにかくサービスをローンチすることに奔走していたため、NESTINGのターゲット像やマーケットを明確にしないまま事業を推進していたことが要因でした。価格面ではなく、NESTINGが目指している世界観に共感してもらえるようなサービスにしていかなければいけない。そう思い、改めてユーザーインタビューを徹底して行いました。

  • 結果として建築家に頼むほどではないが規格住宅に満足していない「注文住宅難民」が多くいること

  • その理由が注文住宅の高いコミュニケーションコストと金額の不確実性であり、NESTINGのUXによって低いコミュニケーションコストで金額を把握しながら進められる点に魅力を感じてくれていること

  • ある程度の社会的・経済的資本が蓄積されている30-40代のクリエイティブ層が、都心から1.5時間圏内の場所に土地込で3000-5000万の予算で1.5拠点用の建築を検討していること

  • 土地代が安い上記の該当エリアであれば、3000万以上の建築費をかけることができ、高いクオリティを維持できること

  • 複数拠点生活者が年々増加しており、その大半が戸建てを建てたいと思っており、「複数拠点戸建市場」という新しいマーケットが生まれていることなどが見えてきました。僕たちはこの秘めたマーケットの規模を1兆円と試算しています。

ここでの最大の気づきは、①資産価値の高い家を②時間をかけずに③金額把握しながら④思い通りにカスタマイズでき⑤素早く建てられる「UX」がユーザーにとっての最大の魅力であるということでした。

NESTINGのリブランディング

ビジョンに共感してもらうためにはNESTINGをリブランディングする必要がある。そう考え、ユーザーインタビューと平行して、クリエイティブディレクターを探しはじめました。最終的に今村玄紀さん率いるB&Hさんにブランディングをお願いすることにしました。

「ブランディング」というと、よりよく見せるための「お化粧」をするイメージがありますが、その前段である戦略を決めることの重要性を今村さんから説かれました。

最初にB&Hさんと行ったのは、NESTINGのブランドアーキタイプ(=ブランドの人格)を定めることでした。WSを通じて議論を深めていった結果、明確になったNESTINGのアーキタイプは「母性ある博愛主義者」というものでした。

NESTINGを建てたい顧客の多くが「大切な人のために、大切な人と過ごす場所をつくってあげたい」といった動機に基づくものでした。そういった母性的かつ博愛的な人格を獲得するために、Aesopやnomaのような、ヴァナキュラーでオーガニックなテイストが強いブランドにしていこうとなりました。

これに伴い家のテンプレートのリブランディングにも着手しました。弟子屈で建てた1棟目のデザインは父性的な色合いが強く、母性とは程遠いテンプレートになっていたからです。

居心地の良い3種類のテンプレート

建築家・吉村順三さんが追求したコーズィな(居心地の良い)空間を紐どきながら、開発を進めていきました。大きな窓と大きな軒を設けることで家の外と内をゆるやかにつなぎ、オーガニックさとシャープさが同居するデザインのテンプレートに変えていきました。

通常の家づくりでは、室内面積に対する費用対効果を重視します。つまり、軒先を拡げると施工面積が増え金額も上がってしまうのです。特に土地価格が高騰する都市部は土地面積が狭いので、どうしても四角い箱型の家(=室内面積を最大化した家)が増えてしまいます。

したがって、坪単価の安さを追い求めると、必然的に軒や庇が消滅します。日本の街並みから軒や屋根が消えていった理由がよく解ります。しかし本来、屋根や軒とは日本の気候風土に適した形式であったはずです。

大きな軒は、イニシャルコストだけを見ると非効率的かもしれませんが、日射の緩和や雨がかりを割けるなど、ランニングコストには効いてきます。また大きな屋根は風景を形成し、屋根の下の日影は人々の居場所になります。

母性的な博愛主義者を目指すNESTINGでは、地球環境や気候風土に対して「優しく」ありたい。そのため、地域の木材を用いて構造体をつくり、自然素材で限りなく仕上げたい。そんな思想に基づいてSMLの3種類のテンプレートを開発しました。最終的にモダンな民家のような佇まいになりました。

モデルL 2階建てなだけあって1番コスパが良いモデル
モデルM リリース後1番人気のモデル
モデルS 既存の家の離れとして建てたい人が多いです

正式ローンチ後の課題

さて、そんな流れでNESTINGのリブランディングを経て正式リリースした現在はどうかというと、ユーザーの方々からはとてもポジティブな反響を頂いています。想定したターゲットに刺さっている実感があります。

お問い合わせいただいた方に直接ヒアリングをしてみると、前回のように価格ではなく、NESTINGの思想や価値に共感して問い合わせをしてくれた方々が非常に多かったのです。ローンチ直後のサイト訪問者数は1.5万UU、30件以上のお問い合わせを頂きました。

しかし、まだまだ課題は山積みです。現時点でNESTINGを使って建てた家は弟子屈だけ。来春に十数件竣工予定ですが、それまで「実際どんな家なのか」実物をお見せできないのが現状です。

最大の課題は、理想のUXを提供できていないことです。商談が始まってから該当エリアの工務店を都度探しに行くプロセスになっており、その上でアプリ内の概算金額と工務店見積のずれが生じてしまうのです。

本来であれば、金額を合意した工務店とのネットワークが構築されており、建てたい人がすぐに建てられる状態が理想でした。つまり、需要は掴めたものの、供給体制が万全に構築できていなかった訳です。

地域工務店とのパートナーシップ

NESTINGは「2023年末までに100棟を建てる」という目標があります。しかし、いまのままでは難しい。それを達成するためには、僕たちのパートナーとして並走してくださる全国の工務店さんの力が不可欠なのです。

僕たちはアプリケーションを提供しているにすぎず、実際に建てる役割を担うのは各地域の工務店さんたちです。NESTINGの構法は、施工時に特別な技術やスキルは必要ありません。実際、弟子屈の家も現地工務店さんが施工を担当し、僕が当初想像していた以上にスムーズに進めていただいたことが明るい発見のひとつでもありました。また、地域の風土や景観に合わせたり、地域ごとの商流に合わせることは地場の工務店さんにしかできないことだと考えています。

今後はエリアを絞って、まず10社の工務店パートナーさんを募集したいと考えています。パートナーの条件は下記の3点です。

  • 事業の方針を共に考えてくれること

  • モデルルームを建ててくれること

  • 施工合理性を上げ原価低減を実現すること

すでに高知と大分で1社ずつパートナーとして手を挙げてくれています。そのうち1社の社長と先日話をしたときに、面白いご意見を頂きました。通常のモデルルームは営業コストが掛かる上に支出にしかならないが、NESTINGのようなデザイン性の高いテンプレートの場合、泊まれるモデルルームのように1棟貸のホテルのような使い方ができれば、収益が上がり関係人口が生まれる上、短期で回収できるモデルがつくれそうとの意見でした。

現状僕たちが工務店さんに対して「こうしてほしい」という制約はありません。中央集権的なフランチャイズのような体制をとるつもりもありません。ただ建てる役割だけを担うのではなく、一緒にNESTINGというサービスを育てていただける工務店の方々がいらっしゃったら、ぜひご連絡をお待ちしております。

ベンチマークとロードマップ

最後に、NESTINGの今後について。

僕たちがいまベンチマークとしている企業をご紹介します。

1つは、Mighty Buildings(マイティ・ビルディングス)。カリフォルニアで2017年8月に設立された企業で、3Dプリンタを使ったプレハブ住宅を製造販売しています。住宅製造のデジタルファブリケーションに特化し、自動車製造的な住宅のユニット化を行っており、1憶ドル以上を調達しすでに100棟以上の規模で建てているようです。

もう1つは、Higharc(ハイアーク)。2018年にアメリカ・ノースカロライナ州で設立された、住宅設計ソフト開発を行うスタートアップです。ハイアークでは住宅を簡単に設計でき、かつコストも即時に算出できるアプリケーションの提供を行っています。現在NESTINGのアプリケーション上でできることと非常に近いものの、NESTINGはユーザー自身がデザインするUXであることに対し、ハイアークは工務店向けのサービス開発を行っている点で異なります。

いわば、前者が行っているのは「製造のDX」であり後者は「設計のDX」。現在のNESTINGは、その両方を手掛けています。なぜできるのか、それはアプリケーション開発ができるエンジニアと、デザインやファブリケーションの設計ができるメンバーの両方がおり、代表である僕自身もその両方をみることができる組織だからです。

VUILDのビジョンは「『生きる』と『つくる』がつながる社会へ」。僕たちは、設計や製造のどちらかに重きをおいているわけではありません。このビジョンに共感し、設計と製造を一気通貫でやっていきたいと思っているメンバーが集まってきているからこそ、現在の、そしてこれからのNESTINGがあります。

そして中長期的には、以下のことを実現していきたいと考えています。

まずは、躯体以外の領域のDX。マイティ・ビルディングスでは、製造している住宅の構造躯体に断熱・仕上・配線などがすべて含まれてユニット化されています。通常、躯体のコストは総工費の20%程度ですが、このようにファブリケーション可能な領域を拡大することができれば、デジタル製造できる領域が増え、最終的に建設費を抑えることが可能になっていきます。

次に、アプリケーションのUX。現在のアプリケーションは、ユーザーの細かいニーズを100%反映できる仕様にまでつくり込まれていません。そうすると、どうしても人がサポートする必要があるので、結局人手が足りずに案件が増えると手が回らなくなる構造になってしまっています。この部分のクオリティを高め、外壁デザインや内装の仕様までもすべて施主主導のUXとしてアプリケーションを設計し、僕たちはユーザーが困ったときのサポート役として関わっていけるようにすることが最終的なゴールです。

また、サプライチェーン。単一の住居に限らず、地域工務店や地域不動産屋などと協業するなかで、例えば賃貸だけど持ち家のように作り込める家や、複数棟を共同所有しながら暮らせる家など、さまざまな可能性に取り組んでいきたいと思っています。実際、数件の複数棟プロジェクトが進行しています。僕らは「民主化」という言葉をよく使いますが、このような座組で家づくりができると、新しいかたちの「家の民主化」にもつながっていくのではないかと考えています。

ここまで何度も繰り返していますが、NESGTINGは「共創型の事業」です。施主であるユーザーのみならず、地域工務店、地域不動産屋、地域製材所などさまざまな役割の方々と共創しながら「家づくりを通して、人類の幸福と地球環境の回復に寄与する」というミッションの実現に向けてこれからも邁進していきます。

今後も逐一情報を公開しながら、みんなで家づくりのあり方をアップデートしていきたいと思っていますので、NESTINGと一緒に何かできそうなことがある方はいつでもお気軽にご連絡ください。

https://nesting.me/

text by Koki Akiyoshi
edit by Ryutaro Ishihara(BIOTOPE)

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