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グロース企業の価格戦略論:プライシングが企業の勝敗を分ける

プライシング戦略とは何か

非売り切り型モデルのビジネスにおける事業成長は、顧客を勝ち取り(Acquisition)、維持し(Retention)、育てる(Monetization)ことで実現されてきました。中でもAcquisitionやRetentionに関しては、通称「ザ・モデル本」や「青本」などの書籍にもあるように、体系立った理論が構築されつつあります。

一方で、プライシングやパッケージ設計を通じたMonetization面はまだまだ未整備なテーマであり、スタートアップ界隈に限らず一般的に過小評価されている領域ではないかなと感じています。この記事を通じて、議論が少しでも生まれるきっかけとなれば幸いです。

それでは、今回はプライシング戦略を4つの策定プロセスから紐解いていきたいと思います。

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(1) バイヤーペルソナの見極め

まず、ニーズや支払意欲が異なる顧客を分類したうえで、セグメントごとに特徴を捉えていくことが必要です。その際、定性的な情報だけでなく、アクショナブルで定量的な情報に基づいて「バイヤーペルソナ」に落とし込んでいきます。

具体的には、各セグメントが重視する機能、不必要に感じる機能、予算規模・支払意欲、CAC、LTVを定義していきます。自社サービスの機能が新たに追加されたり、競合サービスの料金体系が変わったり、マーケットの環境は常に変わり続けるので、まずは仮置きでも構いません。定期的にアップデートしていきましょう。

このプロセスを通じて「現時点の売上に占める割合は低いけど、今後のグロース実現にとって重要」なセグメントや「パッケージに含まれる特定の機能を不必要に感じていて離脱が進んでいる」セグメントなどが可視化され、プライシング戦略を見直す目的が明確になります。

以上、概念としては広く認知されていると思いますが、ディープダイブしている日本のスタートアップはまだ少ない気がします。ご興味ある方はぜひこちらの記事も読んでみてください!

(2) 課金単位の設計

課金単位はアカウント数、機能数、使用量など様々です。普段の生活で意識することは中々ないかもしれませんが、各サービスのプライシング戦略が色濃く反映されています。

この課金単位の設計を通じて、特性の異なる各ペルソナをいかに取り込み、収益最大化につなげていくかが重要になります。その際、最適な課金単位を定めるカギとなるのは3点です。

①顧客のニーズや自社製品の使い方と整合しているか?
顧客が感じている価値指標(Value Metrics)と課金単位を揃えることが重要です。例えば、クラウド人事労務ソフトSmart HRは「登録された従業員の人数」に応じて課金されます。これが「実際に操作を行う人事担当者の人数」で課金されていたらどうでしょう。間違いとは言えませんが、同じ1人の人事担当者が操作を行う顧客の中でも、数人規模のスタートアップもあれば、数十人規模の大企業の部署もあり、価値の感じ方がややズレてしまいそうです。

この価値指標(Value Metrics)と呼ばれる概念は米国を中心に最近注目されていますが、日本ではまだ一般的とは言えません。日本語の資料は少ないですが、詳しく知りたい方はStrive四方さんのnoteが参考になると思います。

②顧客にとって理解しやすいか?
あまりに課金単位が複雑すぎて請求が来るまでどれくらいかかったかの見当がつかない状態は避けるべきです。案件クロージングまでに時間を要したり、顧客離脱につながってしまいます。最近のソフトウェア企業は、松竹梅のパッケージ設計を行ったり、前払いコミット式の従量課金としたり、工夫を凝らしています。

③顧客の成長がその指標の成長につながるか?
必ずしも使用量ベースである必要はないのですが、顧客にとってのROIを何らかの形で分け合う仕組みがプライシングに組み込まれているとスケールしやすいです。

(3) パッケージ形態の設計

続いて、パッケージングの差別化を通して顧客獲得と収益化を目指します。各バイヤーペルソナの趣向に沿って機能・製品特性を組み合わせ、パッケージ内容を最適化することが求められます

その際、顧客調査を通して購入決定要因となる重要な機能・製品特性を抽出していきますが、何も大規模な市場調査を行う必要はなく、既存顧客 数十社へのヒアリングでも十分な示唆が得られるかと思います。

参考までに、パッケージ形態を一部ご紹介します。

単一パッケージ:すべての顧客に対して同一の価格で提供する。主にシード・アーリー期において、顧客数が最大になるような価格を選択しながら事業ニーズを検証する際にとられる戦略。

例:プロジェクト管理のBasecamp

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松竹梅:パッケージの価値と支払意欲に応じて差別化して提供する。値段が上がるごとに機能数や機能レベルがUPする。

例:メール配信ツールのMailchimp

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使用目的に基づいて差別化されたパッケージング:ターゲットとなるユーザーのニーズに応じたパッケージを提供する。アップセルの機会はほぼない。

例:ビジネス特化型SNSのLinkedin

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その他にも、ベース商品に機能をアドオンしていく方式や、顧客ごとにカスタマイズする方式など、様々あります。個人的に注目しているのは、従量課金と組み合わせたハイブリッドなパッケージ形態です。例えば、データウェアハウスのSnowflakeは、従量課金でありながらコミットした量の未使用分は次年度に繰り越せる仕組みになっています。日本でもプロダクトに合わせて色んなパッケージ形態が増えてくると思います。

(4) 料金水準の設計

これまで、バイヤーペルソナごとに価値を感じる最小単位=課金単位を定義したうえで、各機能やサービスの需要度に基づいてパッケージ形態を設計してきました。それらを踏まえ、料金水準を設計します。

料金の最適な水準は、自社視点・競合視点・顧客視点の3つの観点で捉えることができます。どれか一つが正解というわけではなく、顧客視点を中心に料金水準を設計のうえ、自社視点・競合視点で不整合がないかチェックするのが良いと思います。

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(i) Cost-plus方式(自社視点)
自社の発生コストを起点に価格を決める方法

製造業を中心にこれまで重視されてきた観点です。LTV/CACなどユニットエコノミクスが成立しているか、と言い換えてもよいと思います。尚、顧客はどれほどコストがかかっているかには関心がなく、そのサービスを通じて価格に見合った価値が提供されるかを気にするはずなので要注意です。

(ii) Competitor-based方式(競合視点)
競争環境を踏まえて価格を決める方法

競合製品に限らず、同じ顧客セグメントの予算を奪い合う製品群の価格水準との比較を通じて、適切な単価水準を探ります。市場が成熟していて顧客側の製品に対する理解が深まっている環境下では重視される傾向にあります。

(iii) Value-based方式(顧客視点)
顧客が自社製品に感じている価値に基づいて価格を決める方法

B2B SaaSを中心に、昨今のサブスクリプション型のビジネスモデルとの親和性が高いです。「いかに目の前の顧客に価値を感じてもらい(=高い支払意欲)、使い続けてもらうか(=低い解約率)」を念頭に置いた顧客本位のビジネスを築き上げるうえで不可欠な視点になります。
いかにValue-based方式でプライシングを設計するかは今後もホットなトピックかと思います。また機会あればご紹介させてください。

参考:プライシングがもたらした悲劇

Netflixは、今でこそ自社サービスの質を向上させながら継続的な値上げに成功している企業として認知されていますが、一度大きなプライシング上のミスを犯しています。

2011年当時、Netflix はDVDレンタルと動画ストリーミングの2つのサービスを展開しており、両サービス併せて月額$10の料金プランでした。そういった中、CEOのHastings氏が今後Netflixとしては動画ストリーミング事業に注力し、DVDレンタル事業を別会社に移管することを発表します。料金プランは各サービスそれぞれ$8に変更され、両サービスを継続する場合にはこれまでの6割増しの月額$16となりました。

すぐに、自社サービスに会員たちが感じているであろう価値をNetflixとして見誤っていたことが明らかに。発表を受けて80万人もの会員が解約、株価は4か月足らずで77%も下落するという大惨事でした。DVDレンタル事業とストリーミング事業の切り分けを画策する中で、中長期的には正しい戦略であったかもしれませんが、とてつもない成長痛を伴った決断だったと言えます。

最後に

プライシング戦略を通じて「価格に見合った価値提供が出来ているのか」「どうすれば顧客の成功により貢献して対価を頂けるのか」、これらの問いに向き合い続けることが事業のグロースにつながると考えています。

プライシング戦略の見直しをお考えの起業家の方、ぜひディスカッションさせてください!事業の壁打ちや資金調達をお考えの方も、Twitterでのご連絡お待ちしております!
https://twitter.com/nish_kk

参考資料:
・Price Intelligently : The Anatomy of SaaS Pricing Strategy
・Simon Kucher&Partners:A Practical Guide to Pricing
・ハーマン・サイモン : 価格の掟



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