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「ゲイ」という檻に囚われた人生を語る

「俺、実はゲイなんだよね」

そう打ち明ける時、僕はどんな表情をしているのだろう。
なるべく重たくならない様に、さぞ重大な話題では無いかの様に、震える心を静め、取り繕ってみせる。
ちゃんと狙い通りに笑えているだろうか。

自分が勝手に決めたカミングアウトに勝手にドキドキするなんて、これじゃまるで観客のいない一人芝居の様である。
それでも、どれだけこの一人芝居が滑稽だったとしても、「誰かに打ち明ける」という舞台に立てる様になっただけ大きな成長なんだ、と今では思う。

というのも、小さい頃からずっと、自分は「そう」なんじゃないか、というぼんやりとした疑惑を抱えながら生きてきた。

それでも十代の頃は、核心的な答えを出すことを先送りに出来てしまう程に毎日が充足感で満ち溢れていた。
自他ともに認める「調子乗り」だった僕は、楽しそうなことは何でもやったもんである。
クラス会の幹事、体育祭の応援団、文化祭の脚本作成、有志でのバンド……。

今になって思うのは、これほど情熱的だったのは、きっと本来は恋愛にかけるべきエネルギーを友情にあてがっていたからだろう、ということだ。
当時は本気で、「世界は自分を中心に回っている」と考えていたのだ。

そんな僕の世界も、初めて同性を好きになったことをきっかけに動きを止めた。
そしてそれは控え目に言って、絶望だった。

よく、衝撃的なことがあった時に、"頭を重たい何かで殴られたような"と形容する人がいるが、この時はまさしくそんな気持ちだった。
自分が男を好きになったことも、その人が男を好きになることが無いことも、自分の力では変えられない現実があるのだと、初めて知った。

ずっと昔から抱き続けてきたぼんやりとした疑惑。
出来ることなら間違いであってほしかった。
一時の気の迷いや、思い込みであってほしかった。
今までで一番辛い答え合わせ。しかも全問正解。

当時はまさか自分が同性マッチングアプリをインストールして、誰かと付き合うなんて未来は想像していなかったので、「一生本当に好きな人と付き合えることは無く、"酸素を吸って二酸化炭素を出し続けるだけの人生"を生きていかないといけない」。
本気でそう考えた。

ゲイであるという現実は雨にふられてもびくともしない鉛の様で、僕の心を重く、冷たくさびつかせていったのだ。
何より、もう自分は「普通」ではなくなってしまった。
この事実が一番辛かった。

それから、生きる上での最重要事項は「ゲイである事実を隠す」事になっていく。
だから、ここ十年程は偽りの自分しか存在していない。
そんな目から映る景色は、とても空虚的だ。

唯一素でいられる筈の恋人との時間でさえ、周りを気にしてしまう。
二人がどう映るのか気になり、人の多い所には行けない。

初めて出来たパートナーは、デートはどこかへ一緒に行きたい派であるにも関わらず、しぶしぶ僕の意見を通してくれていたが、近くで花火大会が開催されていたある日、たまたまマンションから遠く花火が見えた。

その時、彼が言ったのだ。
「一緒に花火を見れて良かった」と。

もし僕が強い気持ちを持っていたら、彼があんな遠く、ちっぽけな花火に有難みを感じることなんてなかっただろう。

職場では嘘でガチガチに塗り固めた自分しかいない。
だからか、どうしても将来の姿がイメージできず、転職も何度か経験した。
入社の度に書かされる、「緊急連絡先」を見ると恥ずかしく、暗い気持ちになる。
30歳を過ぎて、そしてこれからも、定年を過ぎた親の連絡先を書くしかないのだから。
親が死んだ時、僕はここに誰の連絡先を書けばいいのだろう。

そんな僕が、現在のパートナーと同棲を始めて1年半程となる。
自分でも理由は分からないが、彼とだったら一緒にいても周りの目が気にならない。
実家のある町から電車で一駅の隣町に住んでおり、さすがにこの距離で嘘をつき続けるのは無理があると、縁を切られる覚悟で親へカミングアウトをした。

そして彼とは元々知り合いだったこともあり、共通の友人も多く、そんな訳で、友人達へのカミングアウトも行っていった。
それによって見える景色は一変した。

親に、自分は今ちゃんと幸せであると伝えられたこと。
友人達に「ふたり」として認識してもらえること。
友人と、自分の本気の価値観で語り合えること。

こんな当たり前のことが、とてつもなく嬉しい。

そしてこの度、友人からの誘いを頂き、メディアサイトを開設することになった。

※2024年5月現在 リニューアルの為一次閉鎖中

多様化する悩みや生き方にフォーカスを当て、リアルな声を発信することにより読者の悩みに寄り添う、そんなサイトを作っていきたい。

そしてこれは僕に訪れた大チャンスだ。
ゲイとしての自分の考え方、苦労、社会の理不尽さ、素晴らしさ。
この十年間、色んなことを考えて考えて考えすぎて、空回ってきた。
そんな小恥ずかしさも、赤裸々に記事にしていきたい。
そしてたった一人でも、共感してくれる人が現れたら僕のこの十年間も、
成仏してくれるだろう。

ネットについては疎い方である。
文才も無い。
それでも、楽しそうなので手を伸ばしてみる。
若かりしあの頃の様に、もう一度調子にのりたい。

もう一度、自分中心に世界を回してみせるのだ。


※こちらは2023年12月1日に運営サイトSEICHOTSU magazineに掲載した記事ですが、サイトリニューアルにより記事を閉じることになったのでこの度noteへ転載しました。

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