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祈りの山 ~後編~

8月8日。

昨晩は原口家に大変お世話になった。

結局久しぶりの酒盛りで盛り上がり、ほとんど寝なかったため、4時半に起こされたときには、寝た瞬間に起こされた感覚で少しぼけーっとしてしまった。

そんな寝ぼけた状態の私を原口さんは扇沢まで送ってくれたのだった。

「すぐ近くだから」と言って、小一時間かけて笑顔で送ってくれた原口さん、つくづく親切な人だと感動。

心から感謝です。


扇沢からはトロリーバスで黒部ダムへ。

ここがかの有名な黒部ダムかと感心。

プロジェクトXの見過ぎだろうか、昭和の臭いがプンプンした。

団塊の世代の山男たちが重たいザック背負って黒部に傾れ込む、あの姿を想像しては、今自分も同じところにいるんだとワクワクした。

黒部ダムからはケーブルカー、ロープウェイ、トロリーバスを乗り継ぎ、9時半に室堂到着。

さあ、ここから山旅のはじまりだ、と意気込んだが、久しぶりの縦走&睡眠不足&アルコールで足が重い。

ザックも20kgを超えているから、なお重く感じる。

地獄谷でむせた。

いつもの体力が続かない。

こりゃまずいと思いつつ、なんとか気合で劔御前小舎まで辿り着く。

すでにヘトヘト。

恥ずかしいかな、足がもつれながら劔沢キャンプ場まで来た。

野営管理所で手続きをしていると、突然の雨。

「参ったなぁ」

ひとりつぶやきながらテントを設営。

すると、テント設営終了とともに雨が降り止んだ。

あはは、タイミング悪い。

明日の劔岳登頂に備え、早めに就寝。

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8月9日、4時起床。

テントのジッパーを開けてみる。

劔の方は、天気は良さそうだ。

なんだかんだで出発は4時40分過ぎ。

遥か遠くの山間から昇る朝日は、全身に力がみなぎるようで格別だった。

噂には聞いていたが、やはり一服劔と前劔の間がしんどかった。

でも、カニのタテバイ・ヨコバイは想像していたより難しくなかった。

快晴の山頂には7時に到着。

急峻な下りに体力を消耗しつつ、それでも10時半には劔沢に戻ってくることができた。

劔沢でテントを畳みながら、この後のコースについて考える。

一瞬、私の中の悪魔が「このまま雄山に登らないで雷鳥沢のテント場に下ればいいじゃん」と耳元で囁いたが、悪魔を蹴散らし雄山へと足を踏み出した。

背中のザックがキリキリ肩に食い込む。

両足に80kg以上の負荷がかかる中、ひたすら登る。

辛いし、苦しいし、疲労で足の筋肉が痙攣するし・・・一体全体、今何をしているのだ、と自問。

日光がジリジリ肌を焼く。

下手に休むと心の糸が切れそうなので、休憩はほとんど取らず、亀のようにノロノロ歩く。

別山を越えた辺りで、左太ももが攣りそうになる。

歯を食いしばり、鬼の形相で大汝山山頂へ。

それまでのガスが消え、雄山の姿が見えた。

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また気力を振り絞り、雄山を目指す。

雄山では、病床にいる彼女の父のために立山神社の参拝とお守りの購入。


そこから室堂への戻りが、本当に辛かった。

立山地獄から抜け出すため、必死に前に進もうとする私。

その両足に幾多の亡者が群がり、全身が悲鳴をあげる。

本日の終着点、室堂山荘は見えているのに、一向に距離は縮まらず。

精根尽きて室堂山荘に着いたのは16時半。

実に12時間の山行であった。

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室堂山荘は、日本最古の山荘ということで、是が非でも泊まりたかった場所。

今日は小学生の団体が宿泊しているとのことで一度は断られるも、どんよりしていた私を見かねたスタッフが、特別に部屋を手配してくれた。

しかも、個室!

スタッフの優しさに感涙。

早速ビールを買って、ひとり今日の無事に乾杯。

そしてお待ちかね、室堂山荘一番のお楽しみ。

そう、お風呂です。

そりゃあ、もう極楽でした。

明日からの新たな山旅を思いながらグッドナイト。


8月10日、6時半起床。

小学生の軍団はもうどこかに行ってしまったようで、山荘は静まり返っていた。

室堂を後にし、扇沢を経て、爺ヶ岳の登山口に着いたのが、10時。

覚悟して柏原新道に挑む。

いざ登ると、超きつい。

しかも天気が良くて、むちゃくちゃ暑い。

本州の暑さに慣れない僕にとっては拷問のような熱気だった。

それでも3時間で種池山荘に到着。

カレーとコーラに舌鼓を打ちながら、百名山2周目のおじいさんと談笑。

おじいさん曰く、今まで登った山で一番良かったのは「屋久島」だそうです。

そこから冷池山荘を目指す途中、鹿島槍ヶ岳が姿を現す。

あまりの美しさに、思わず涙腺が緩んでしまった。

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アマ・ダブラムをはじめて見た感覚に近かった。

そうこうしているうちに、本日の目的地、冷池山荘に着いた。

山荘受付のお姉さんは、今まで出会った山小屋ガールの中でナンバーワンの美しさ。

笑顔でテントサイトの受付をしてくれた。

あぁ、この笑顔に出会うために山に登っていたんだ!と胸がキュンキュン。

鹿島槍で得た高尚な感動が、一気に下世話な感動に変わってしまった。

山に登っているときは、女などには目もくれないストイックな自分でいるはずが、いざ美しい女性に微笑みかけられると、すっかり鼻の下を伸ばして喜んでいる。

全く、現金なものである。



8月11日、昨夜から天候が崩れ強風に安眠を阻害された。

5時過ぎにキャンプ場を出発し、そこからは白い嵐との戦いであった。

秒速15m以上の風と雨に打たれながら、ジリジリ前に進む。

しかも足場の悪い岩場の連続。

本来であれば素晴しい眺望が望めるはずなのだが、残念なことに景色どころか、自分が今登っている山も見えず、場所も分からず。

鹿島槍の山頂は真っ白。

続く八峰キレットでは、ただただ滑落しないよう、全神経を手足に集中した。

五竜岳の山頂も真っ白。

13時には五竜岳山荘に着いたが、あまりの悪天候でテントを張る気にもなれず、あえなく山小屋泊となった。

テント担いで登っている意味・・・。


8月12日。

目を覚ますと相変わらず風は強いが、天気は晴れている。

アルプスの山並みが雲海から顔を出していた。

朝日を浴びながら白岳山頂でパンをかじる。

昨日は、全く姿かたちが分からなかった五竜岳も、しっかりと捉えることができた。

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五竜は随分男らしい山だなぁと感心。

ここから唐松岳までの道のりも、なかなか大変だった。

毎日思うことだけど、ザックが重い。

特にバランスの悪いい岩場は堪える。

唐松の山頂から見た白馬はまだまだ遠く、次回はここから白馬まで縦走しようと心に誓い下山した。

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