探検家と自称正義の自粛ポリス
個人的に敬愛してやまない探検家・ノンフィクション作家の角幡唯介さん。
角幡さんは北海道出身で、私のバンド仲間のお兄さんが友人同士ということで、勝手に親近感を持ちながら(全く面識はない)応援している。
そんな角幡さん、つい先日北極圏での53日間に渡る犬橇漂泊から無事に生還。
その間に世界はコロナ禍で一変し、本人はコロナ後の世界に戻ることをTwitterにて憂いておられた。
その角幡さんがTwitterで、
-「他県ナンバー狩り」というおそろしい言葉も聞いた。もう車で沢登りに行くとかできない社会になっているのでしょうか?
と、つぶやいていたのに対して、
-法的強制力はありませんが、登山は駄目です。
有名な登山家やアウトドア関係者は「登山は自粛」と言っています。未症状のコロナ陽性者が登山に行って遭難し、救助に来た救助隊員へ感染させるとその隊員はその後、隔離のため救助活動が出来なくなり、救難隊の活動に大きな支障を来すからだそうです。
と、投稿している人がいたのだ。
多分、角幡さんは、奥さんから日本の現状を聞き、自粛警察に対し皮肉を込めて投稿したと思うのだが、
これに、自粛警察からわざわざ「登山は駄目です」と返事が返ってきてしまったのだ。
私は、この投稿を見て、背筋が凍る思いがした。
チベットの空白地帯、ツァンポー渓谷や北極圏に単身でぶっこんで行っちゃう探検家に・・・あーあ言っちゃうんだぁーーー。
そもそも、この自粛ポリスの元ネタは登山家の野口健さんが発したものでしょ。
野口さんはもちろん、山ヤには、山ヤなりの考えがある。
野口さんは、普段からよく登っている八ケ岳連峰で起きた遭難事故に寄せて、特にGWで混雑する山域や山小屋での接触を危惧して発言していた。
でも、正直山登りで遭難するだけで、普段から「自己責任」という棒っこを持って、自称正義を振りかざす人はたくさんいる。
根本的に、山登りに意味がないと思っている人たちが、「自己責任」+「コロナ」というパワーワードで、
ほら見たことか、やっぱり登山なんてロクなもんじゃない、ダメダメ!
と言っているようにしか私には聞こえない。
まずもって、沢登りは普通の山登りではない。
そこに行く時点で、かなり変態(褒めています)だし、みんな普通の山登り以上のリスクは考えて行動している。
「登山は駄目です」と言っている人の根拠が「だそうです」の時点で、山ヤ(この場合は沢ヤかな)からしたらお呼びでないのだ。
それが、角幡さんに対してであれば、余計お呼びでない。
この一連の投稿を見て#STAYHOMEや自粛という手段が、完全に目的化しているなと強く感じた。
エベレストで亡くなった栗城くんのときにも、こぞって自称正義を振りかざす連中がいた。
このポリスたちは、言葉の暴力で栗城くんを苦しめた。
目的化した「#STAYHOME」や「自粛」が暴力と化し、人々を苦しめはじめている。
自粛ポリスになっている人は、それを暴力と思わず、正義と考えるのでタチが悪い。
-いまだにコロナ以前の世界にいる身としては、コロナ後の世界に行くことが非常に憂鬱である。
とつぶやいていた角幡さん。
この自粛ポリスのリプライで、ますます憂鬱になっているのではないかと、ファンとして心配している。
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