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病院わらし 第2話
第二話 トモキくんにしか見えない?
(小児科病棟で起きたこと)
現代
私は都会の大病院で看護師をしています。
大病院には毎日たくさんの病気の人や、ケガをした人がやってきますし、病院なのに中にレストランやコンビニ、美容室、銀行の窓口もありますから働いている人も大勢います。
大病院の看護師にはたくさんの種類の仕事があります。
毎日外来にやってくる患者さんのお世話をする人。
注射やきずの手当てをする人。
手術の時お医者さんのお手伝いをする人。
入院している人たちのお世話をする係もあります。
これはそんな病院の中であった、ちょっと不思議なお話しです。
ケガをしたり、熱が出たりしたときまず最初にお医者様の診察を受ける場所のことを『外来』といいます。
お医者様は患者さんの話しを聞いたり質問をして、聴診器で体の中の音を聞きます。
それから色々な検査をしてはじめてどんな病気なのかが決まるのです。
薬をもらって家に帰る人。
それでは治らないので入院して手術をして悪いところを取る人。
自動車事故を起こして救急車で直接入院してすぐ手術をする人。
色々です。
入院した人が過ごす病室がある場所を『病棟』といいます。
ある年わたしは、『外来』から『小児科病棟』の仕事にかわりました。
小児科病棟は病気の子どもたちのための病棟です。
すぐになおって退院できる子もいれば、長く入院しなければならない子もいます。
特別に中に学校がある病院もあります。
「院内学級」といいます。
ここで勉強すれば学校に通って📖したことになるのです。病気が治って学校に行った時、勉強が遅れてしまわないようになっているのです。
病棟はどこでもまんなかに私たち看護師やお医者さんのいる『ナースステーション』があり、その左右にずっと病室が並んでいます。
小児病棟が他の病棟とちがうことは、ナースステーションの隣に子どもたちの『プレイルーム』があることです。
日当たりのいい暖かいプレイルームには、絵本やおもちゃがおいてあって、入院している子どもたちは体の具合があまり悪くない時はそこで少しの時間だけ遊ぶことができるのです。
床暖房で暖められた暖かい床の上に座って一人で本を読んでいる子。
入院中にお友達になった子同士でおままごとをやっている子もいます。
看護師さんに絵本を読んでもらっている小さい子もいます。
まだ小さい子がおうちからはなれて入院するのはどんなにつらいことでしょう。 大きな声を出して走り回る子はいませんが、プレイルームにいる時はみんな楽しそうです。
私はプレイルームにいる時のみんなの楽しそうな様子を見ることが好きでした。
小児病棟の最初の仕事の日のことです。
私は朝のミーティングで新しい仲間の看護師たちに紹介してもらい、あいさつしてから、さっそく仕事を始めたのですが、一人の看護師がそばに来て、小声で
「カーディガン裏返しですよ」と教えてくれました。
ナースの制服の上に着ていた薄いピンクのカーディガンを裏返しに着ていたのです。
急いで脱いで着なおしました。
でも、私は着る時にちゃんと裏表を確認したのです。 まちがいありません。
なぜそんなことになったのかしら?
考えてもわかりませんし、キツネにつままれたようでした。
でも、忙しい仕事が始まったので、そのことはすぐに忘れてしまいました。
何日かたつとまた、不思議なことがおこりました。
いつも使っていた三色のボールペンがおかしなことになっていたのです。
黒のボタンを押すと青インクのシンが、青のボタンを押すと赤のシンが、そして赤のボタンを押すと黒のシンが出るのです。
つまり中のシンがバラバラに入れ替えられていたのです。
私は、だれかがいたずらをしたのだと思いました。
頭にきた私はよっぽど文句を言って、犯人探しをしようかと思い、一人一人の顔を見まわしました。
でも、落ち着いて考えると、このボールペンは私が使わない時はカギのかかるロッカーにしまってあったのですから、だれもさわる ことはできなかったはずです。
看護師の仲間はみんなこんな子供じみたいたずらなどしそうもない人ばかりです。
だいいち、忙しくてそんな暇な人はいないはずなのです。
この時もそうこうしているうちに朝の仕事が始まってしまい、だれがこんないたずらをしたのかたしかめることも忘れてしまいました。
小児科病棟でおきたふしぎなこと
暑い夏が過ぎ、そろそろ秋かなあという頃、小児科病棟にトモキくんという四才の男の子が入院してきました。
トモキくんは他の子どもたちとプレイルームにいてもあまり遊んでいるようすはありませんでした。
それどころかプレイルームに行くことをいやがるときもありました。
行ってもみんなとはなれて一人で絵本をめくったり、何もしないで温かいゆかの上でゴロゴロしているだけです。
トモキくんのところには毎日おばあちゃんが来てくれています。
トモキくんはふだんはやさしいおばあちゃんのことは大好きなのですが、病気で気分が悪い時などは「おばあちゃんなんか大きらい!ママがいい。ママがいい」とだだをこねて、しばらくするとシクシク泣き出すのです。
ママとパパは二人とも仕事をしているらしく、昼間はあまり来られないようでした。
ママは仕事が早く終わると、夕方来てくれますが、すぐに面会時間が終わってしまいます。
ママが帰る時はトモキくんは「ママといっしょにお家に帰る!」と大泣きするのです。
そういう時はお薬もなかなか飲んでくれません。
点滴もさせてくれません。
体をバスタオルでグルグルにくるまれて動かないようにして点滴をする時もあります。
私たち看護師はいっしょうけんめいやさしくことばをかけるのですが、ママのかわりになれるはずもありません。
まだ小さい子どもがママやパパとはなれて一人で入院することはどんなに心細いことでしょう。
でも、病気をなおすためにはしかたがないことなのです。
病棟の中でも色々な季節のイベントがあり、看護師がそのための飾り付けをします。
クリスマスにはツリーを飾ります。
クリスマスやお正月などは少しだけ家に帰る子もいます。
でも一時帰宅できない子のためにクリスマスイブの夜のお食事には甘いものを食べてもいい子には小さなケーキもでます。
サンタクロースも来てくれます。内緒ですが、だいたいいつも小児科で一番偉いお医者様がサンタさんになります。
もうすぐクリスマスというころ、私はなにげなくプレイルームをのぞくと、何人かの子どもたちの中にトモキくんがいました。
だれかといっしょに遊ぶのではなく、ひとりごとをいいながら楽しそうにブロックで何かを作っていました。
小さい子どもがひとりごとを言いながら遊ぶことはよくあります。
私はトモキくんが少しでも遊ぶ気になってくれてよかったとホッとしました。
このごろはママが帰ったあと、大泣きしたり、夜中にぐずったりすることも無く、薬もちゃんと飲んでくれるようです。
またある時、プレイルームでの遊びの時間が終わり、みんな病室に帰って行く時のことです。
もうプレイルームにはだれもいないのにトモキくんが後ろを向いてバイバイをしたのです!?
つきそっていたわたしは
「プレイルームの『おもちゃさん』にバイバイしたのかな?」と言うと、トモキくんは今さっきまで自分が遊んでいた場所を指さして言いました。
「おねえちゃんにバイバイしたんだよ。おねえちゃんはお部屋にかえらなくっていいんだって」
私はトモキくんが空想のおともだちをつくって遊んでいたのだと思い、なにげなくプレイルームを振り返ると、ほんの一瞬でしたが、 トモキくんより少し年上らしいおかっぱ頭の女の子がこちらを向いて手を振っている姿を見た気がしました。
「エッ?」
目をこすってよくみなおしましたがその時にはプレイルームにはだれもいませんでした。
私は不思議な気持ちのままトモキくんと手をつないで病室にかえっていったのでした。
その時は不思議と怖いと言う気持ちはありませんでした。
トモキくんはプレイルームで遊ぶようになったころからお薬もいやがらずに飲むようになりましたし、今までのように「おうちに帰 る!」とダダをこねることも少なくなり、つらい治療もがんばって耐えることができたので、病気はどんどんよくなっていきました。
それからしばらくして病気がなおったトモキくんはママ、パパ、おばあちゃんとうれしそうに退院していきました。
私がプレイルームで見た気がしたあのおかっぱ頭のは女の子は、何だったのでしょう。
まぼろしだったのでしょうか。
それとも、恐ろしいものだったのでしょうか。
そう考えると背すじがゾクゾクとしそうなものですが、私にはこわいものという感じはしませんでした。
なぜなら、トモキ君はどんどんよくなって退院することができたのですから、悪さをするもののはずがないからです。
次から次に入院してくる人、退院していく人がいるなか、いそがしい毎日を過ごしているうちにいつしかふしぎな女の子のことは忘 れてしまいました。
第二話《完》
第一話
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