見出し画像

感情の蛇口をゆるめる。

ささやかな告白をすると、僕は感情があんまり湧かない。

まったく、というわけではないけれど、喜怒哀楽が、蛇口をひねっても「ぽたぽた…」くらいしか出てこない。というか、出てこなくなってしまった。

4,5年前まではそこまで自覚してなかったのだけど、周りの人の「ワクワクする〜!」という言葉に触れたときに、「ワクワク…ってどんな感情なんだろう…?」と、その感情がわからないことに気づいたのだ。

たぶん、それは子どもの頃に親からあらゆる言動や行動を否定されるなかで、自分を守るために感情の蛇口をかたく閉じてしまったことからきているのだと思う。

「だからさ、俺、感情とかないんだよねぇ」

なんてたばこの煙をくゆらせて、遠い目をして語りながら自分に酔いたくなる中二病的な自分もいるんだけど、そんな妄想をしてると、敬愛する茨城のり子さんの

「自分の感受性くらい、自分で守ればかものよ」

という詩が浮かんでくる。
ばかものか俺は、と。自分で蛇口をしめてるんだろう、と。

なので、今年は喜怒哀楽にきちんと気づくことがひとつのテーマにしたのです。だって、せっかくの人生、喜びも悲しみも、たっぷり味って生きたいし!

なのでとりあえずの一歩として、当たり前のことでも、はじめて出会うかのような気持ちで接してみることにした。

ちょうどめずらしく、東京で大雪が降っていたので、しんしんと降る雪を眺めながら「もし自分がナイジェリア出身でたまたま東京を訪れた雪を目にしたことがない人だったら」みたいな妄想をしてみることにした。

そんなアホみたいな自己暗示?なんだけど、そしたら、けっこうほんとに、雪に感動しちゃって。「なにこれ空から白いふわふわのなにかが降ってるしなんならつめたいんですけど!」って。ああ、自分の脳みそ、単純でバカで愛おしいなあと。

こんなふうに、ちょっとずつちょっとずつ、かたくしめた感情の蛇口をゆるめていきたいと思ってます。再開したnoteも、感情にいちいち気づくためのささやかな試みなんです。

サポートがきましたって通知、ドキドキします。