見出し画像

カクコツ特別編|元雑誌編集者に聞く「良いライター悪いライター」

低くて響く美声の持ち主、櫻井正朗さん。元雑誌編集者です。2020年まで『婦人画報』編集部に勤め、現在はフリーライターとして活動しています。雑誌編集とライターという「文字の仕事ど真ん中」に長年いるわけですから、良いライター・悪いライターなんてたくさん見てきたはず。これは話を聞くしかない! と、昭和の文化人に愛された老舗居酒屋『どん底』までお越しいただきました。

櫻井正朗(さくらい・まさお) 氏
https://www.fujingaho.jp/author/225723/masao-sakurai/
フリーライター。大学卒業後、スキー雑誌編集部を経て1985年に婦人画報社(現在のハースト婦人画報社)に入社。『ELLE』『25ans』『Harper’s BAZAAR』『MEN'S CLUB』などの有名誌を擁する同社において、なぜかずっと『婦人画報』編集部に勤務していた。目下の悩みは地元のソフトボールチームにおける打撃不振。もちろんコジマの草野球チームの正三塁手で最高齢選手でもある。草野球の打撃も何とかしてほしい。

「銀座Lupinの太宰みたいに」と、
新宿ゴールデン街『十月』という店で撮った写真。
本人曰く「紛(まご)うことなき60オヤジですね」。
自分を何だと思っているのか!

結婚するのに月10万円じゃ
暮らせないと婦人画報へ

コジマ いろいろ悩みましたが、2人のアクセスがいい新宿ならここ『どん底』がいいかなと。元編集者のフリーライターに「書き方」の話を聞くわけですから。

サクライ氏 昭和の書き手・役者のあいだで有名な店ですもんね。最近はそうでもないですが、僕もよく来ました。

コジマ 相変わらず声がいいなぁ。

サクライ氏 いやいや。大学が早稲田だったので、高田馬場や新宿ではずいぶん飲みました。

コジマ 婦人画報ってラグジュアリー誌ですよね。しかも会社は青山にあって、会社の野球チームの名前は創刊者の国木田独歩にちなんだ「青山DOPPOS」。そもそもどうして婦人画報に?

サクライ氏 紹介されて中途入社したんです。新卒で入ったのは神保町にあったスキー雑誌の編集部。とても給料が安かった。額面で月10万円でした。

コジマ わたしの16万5000円よりずっと安い!

サクライ氏 そうそう。遅くなってもタクシー代が出ないから、みんな会社に泊まるわけです。いまの奥さんと結婚する予定もあったので「これじゃまずいぞ」と。ちょこちょこ周りに話していたら婦人画報を紹介してもらったんです。それが85年かな。

コジマ そこから35年間ですか。給料よかったんですね。

サクライ氏 スキー雑誌よりは、ね。最初の3年ほどはファッションショウなどのイベント関連の部署でしたが、そこからずっと婦人画報の編集部。異動しなかったのは珍しいかも。

コジマ よく言えば現場叩き上げの編集者、そうでなければ他誌で使えそうもない融通効かず、ですか。

サクライ氏 言い方(笑)。まあ当たらずとも遠からず。当時の『MEN'S CLUB』編集長なんかからは「君のファッションはひどい。これからは自分が絶対選ばないと思うアイテムを買いなさい。それが正解だから」なんて言われました。メンクラ行かなくてよかったかも。

婦人画報2022年5月号
サクライ氏の執筆記事

後輩のためにまとめた
サクライ版・文章読本がいい!

コジマ 今回のためにサクライさんが送ってくれた、お手製の「編集者のための、文章読本」。いいですね。自分でまとめたんですか?

サクライ氏 そうです。新入社員の研修も時々やってたものだから、定年で辞める前にまとめておこうと思って。

コジマ 編集者/ライターが原稿をつくる際に気をつけたいポイントが27も挙げてある。婦人画報の編集者はどのくらい書いているんですか?

サクライ氏 署名がない記事はすべて編集部員によるものです。案外多いですね。かつてはほとんどのページがそうでした。和の衣食住や古典芸能、京文化など取材先は何十年という長い付き合いのところが多いので、企画から取材、ライティングまで、特集は編集部主導で進める方がスムーズなんです。最近ではライターにお願いする場合も多くなりましたけど。

コジマ 婦人画報の場合、「いつものあの人」という取材先の安心感と期待感が、ライターより編集者の方が大きくなるケースが多いということですね。なるほど。

サクライ氏 あの文章読本も雑誌一般ではなく、婦人画報の編集者/ライター向けにまとめたつもりです。

コジマ そうでもないですよ。最初に挙げてある「コンセプトを止めるな!」なんてドキッとしましたもん。「カメラを止めるな!」そのままじゃないですか。パクリ下手ですね…

サクライ氏 いやまあ…

コジマ 「特集の後半になると、いつの間にかコンセプトが薄らいでいる場合があります」っていう指摘、よくわかります。書くものや制作期間が長くなったりすると、コンセプトへの意識が弱くなるんですよね、とくに後半になると。気をつけたいところです。

サクライ氏 婦人画報の特集は50ページくらいになることがあります。後半の情報ページになるとどうしても、ね。

コジマ ちゃんと現実的な対処法も書いてある。「ただしネーム(*)のすべてにコンセプトワードがそのまま入るのはウザい。特集全体でのコンセプトワードの表現や配分、頻度に気を配ろう」(コジマ意訳)。現場の編集者/ライターに役立つように書いているのが、“サクライ読本”の特徴です。(*)文字類一般を指す印刷用語

サクライ氏  なんか気持ちよくなってきた。すみませんハイボール2つ!

コジマ おかわり頼むのも無駄にいい声だ。

「時には、ものごとを
   描写してみましょう」

コジマ もうひとつ「時には、ものごとを描写してみましょう」があります。「見たこと、感じたことを文章にできるのは、その場にいた人間、つまり取材現場にいた者だけです」と続いていますが、まさにそう思います。

サクライ氏 文章冒頭の「つかみ」としてですね。

コジマ  「時には」というところがミソ。印象的だったので、全文を読んでみますね。

サクライ氏 ちょっと恥ずかしいな。

コジマ  だめです。自分が書いたんですから。

「雑誌のネームは、第三者的な視点が基本です。それが時として災いとなり、スペックの羅列のような、無味乾燥でカタログ的なトーンになりがちです。取材現場にいて、見たこと、聞いたこと、あるいは取材相手や作品に接して感じたことを自分の言葉で表現(描写)してみましょう。これが『つかみ』の文章になる場合もあります。ただし、あまり自分を出しすぎると、『あなたは誰?』ということになってしまうので要注意」

サクライ氏 あくまでも婦人画報の若い後輩たちへのアドバイスです。過ぎ去る老兵が少しでも役に立てればというね。今回の参考として送っただけで、すべての編集者/ライターに…

コジマ そんなことはありません! 実はワタシも前職時代、「人間の感情をシーンを書いて表現してみたら」と言われたことがあります。つまり心象風景を書いて感情を表現する。簡単じゃないですよね。書き手の取材力と想像力が問われれます。

サクライ氏  そ、そうですね。

コジマ 例文もいいなぁ、スポーツ新聞の野球記事。読んでみましょう。

サクライ氏 勘弁してください!

コジマ この記事を選ぶところがサクライさんの魅力なのに…

仕事の意味を理解して、
期待されている書き方を

コジマ ここで本題です。サクライさんが考える良いライターとは?

サクライ氏 このタイミングで聞きますか、意地悪ですねぇ。コジマさんが考える草野球の練習プランと同じだ。

コジマ そんなことは聞いていません。

サクライ氏 うう。ずっと考えてきたんですけど文章読本の後だと話しづらいなぁ。簡単に言うと「自分が書く理由を理解しているライター」でしょうか。

コジマ どういうことです?

サクライ氏 ライターの仕事は基本的に、版元や編集者、企業などから依頼されて初めて成立します。なぜ自分に仕事が依頼されたのか、そのポイントを理解していることです。

コジマ 以前登場した遊撃手N氏は「取材で得た話以上のことを原稿にしてくるライター。あの取材でこんな原稿になるか!という驚きがあるライター」と言っていますが似てるかも。

サクライ氏 依頼者が何を求めているか察知する力に自分の個性をブレンドすることが、ライターの強みになるのではないでしょうか。業界やメディアの知見だけでは決してないと思いますよ。

コジマ 書く前の打ち合わせで依頼された意味を熟慮・考察・察知して取材。それを文字で表現する。となると、ライターの強みや個性はコミュニケーション能力が基礎になるということになりますか。

サクライ氏 端的には、そうなりますね。たとえば、いまではネット情報だけで書ける仕事はたくさんありますし、実際に書くことはできます。でも、それで自分に依頼してきた編集者は満足するだろうか。何よりも、自分はその仕事で納得することができるのか――。

コジマ ネット情報だけで書くことはできるけど、著作権などに触れることなく正確に書こうとすると、無味乾燥な記事になってしまうことも。間違ってはいないけど、誰が書いたかわからない記事。

サクライ氏 一方で、それでよい仕事もあります。無署名記事や文字数が少ない情報ページとか。無理に個性を出そうとしても依頼元から嫌われます。依頼された仕事(記事)の意味を理解して、自分(ライター)に期待されている書き方が大事だと思います。

俳句や短歌などの
「韻文」は表現の訓練に

コジマ ところでサクライさん、自分のライターとしての強みは何です?

サクライ氏 お酒も進んで、いろいろ聞かれてさ。答えているうちに、自分でハードルを上げてしまった気がするんだよなぁ。

コジマ 気づくのが遅すぎます。「大丈夫かなサクライさん」と心配してました。

サクライ氏 まいったなぁ…強みといえるかどうかわからないけど、いつも「一発かましてやろう!」という欲のようなものはあるかな。

コジマ それ強みですか?

サクライ氏 これまでと同じようなものは書かないぞ、という前向きさというか。

コジマ  「あざとさ」とも言いますね。言い方はさておき、またハードルが。

サクライ氏 しまった…ハイボールおかわり! 濃いめで。

コジマ 酩酊する前に聞いておきます。良いライターになるために、やった方がいいことって何かありますか?

サクライ氏 ありまよ。俳句や短歌などの「韻文」を暗記したり、実際につくってみたりするといいかも。季語や文字数などの縛りのなかで、さまざまな着眼点と表現のバリエーションが訓練されます。

コジマ 韻文ですか。句会開くとか?

サクライ氏 そうそう、僕もやってたけど楽しいよ。

コジマ 確かに、有名な作家やコピーライターたちは昔、よく句会で集まってたみたいですね。ある作家は女優の奥さんを句会で見つけたとか。俳句とか難しそうです。

サクライ氏 そうでもないです。僕が入っていた句会って、実際はなかば飲み会なんです。事前に季語のお題が出されて何句か持っていき、無記名で公開して飲みながら評論し合う。思いがけない人が思いも寄らない句を詠んで驚くことも多いんです。ルールは極力字余りしないことくらいだから素人でもOKですよ。

コジマ なるほど「一発かましてやろう」というあざとさは、句会で培われたものなんですね。納得です。

サクライ氏 そうかもしれない…でも、またやりたいな句会。

コジマ 確かに楽しそう。句会開いたら誘ってくださいね。

サクライ氏 河岸を変えて句会の話をしましょう。ソフトボールのバッティングについても相談したいし。ゴールデン街に寄りたい店があるんです。さあ行きましょう!

コジマ 自分で上げたハードルに耐えられなくなったんですね。わかりました行きましょう。

【Google先生が好きな「まとめ」】

ライターの強みというと、業界やテーマに関する知識とばかり思っていました。櫻井さんが投げかけてくれた「一発かます」という定性的な視点は興味深かったですね。参考になりました。

もちろんそこには、その強みを文字で表現できる筆力と依頼の意図を理解するコミュニケーション能力が基礎になっています。確かにハードルが高いかも。

「ちょっと真面目に答えすぎたかな」。取材のあとで櫻井さんが言っていました。普段(というか草野球のとき)の櫻井さんはもっとおちゃめで軽薄なところがある元気なオジサン。別な顔が見られてワタシは楽しかったですけど。

句会、行ってみたいなあ。

【話を聞いたお店】

新宿三丁目『どん底』
https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13006803/

新宿ゴールデン街『十月』
http://www.goldengai.net/shop/b/16/



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?