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本人確認


「本人確認書類をお願いいたします」
「免許書でいいですか?」
「いいですよ」
 わたしは免許書を出した。
「番号を控えさせてくださいね」
「どうぞ」
「生年月日を教えてください」
「一九四五年十二月三日です」
「ありがとうございます。……失礼ですがこちらの書類では昭和二十四年となっておりますが。一九四五年は……」
「一九四九年ですよ」
「あ、すみません、聞き違いですね。失礼いたしました。一九四九年、昭和二十四年十二月三日ですね」
「はい」
 危ない危ない。うっかり本当の年を言ってしまった。
「……ご住所ですが、現住所とは異なるようですが」
「住民票を異動させていないんです」
「かしこまりました。恐れ入りますが、お写真とお顔の方、見比べさせていただいてよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
 若干緊張しながら、マスクを下にずらす。大丈夫。この男とわたしはよく似ている。
「ありがとうございました、津村様。それでは、契約内容についてお話させていただきますね」
「はい、よろしくお願いします」
 ちょろいもんだ。免許書の本人確認と言っても、本当に大したことがない。わたしは数年前から「津村」だ。津村はわたしによく似ていた。出会いは偶然だった。趣味のツーリングで知り合ったのた。わたしも津村も一人でツーリングに行くのが好きだった。若いころからの趣味だが、歳をとっても変わらず好きで、時間を見つけてはバイクに乗っていた。そんなところも気が合って、住んでいたところが近いのもあり、わたしたちはバイクを降りても飲みに行ったりするようになった。そうして、津村は一緒に行ったツーリングで事故で死んでしまった。事故は多重事故で、わたしも巻き込まれた。そして目覚めたとき「津村」になっていた。取り違えられたのだ。わたしは否定しなかった。それだけ。以来、わたしは「津村」だ。
「津村様、お仕事はされていますか?」
「もう年金生活ですよ。頼まれたときだけ働いていますが」
「そうなんですね」
 お金はたっぷりある。貯金も年金もたっぷりある。なんていい老後なんだろう。
 死んでしまった自分を思いながら、わたしはゆったりと帰り支度をした。

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