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【書評】森川すいめい『感じるオープンダイアローグ』--思い込みを捨てる旅

 心をえぐられるような深い本だ。さまざまな家庭の不幸を乗り越えて、著者は精神科医になる。同時にホームレスの支援や、東北大震災の被害者の支援などのボランティア活動を重ねる。
 だが、仕事が行き詰まる。正確にきちんと診断を下そうと思うあまり、自分自身がまるでAIのように固くなってしまう。そして気づけば、病院による精神医療の構造的な問題に自分も加担している。こんなはずではなかった。でも、どうすればいいのかわからない。
 その頃、著者が出会ったのが、オープンダイアローグという手法だった。彼はフィンランドに飛ぶ。そこでは、医者が上、患者が下という関係が取り払われ、患者の家族や看護師、事務職員などが入った複数人によるチームで対話が重ねられていた。
 これはすごい。だが、実行するのは容易ではない。オープンダイアローグをするためには、自分を見つめ、自分を表現しなければならない。ということは、著者が人から隠してきた、触れられたくない過去すらもオープンにしていくことが必須だからだ。
 すなわち、自分が自分に向かってオープンでない人にとって、オープンダイアローグを行うのは非常に困難だ、ということである。時に著書は号泣しながら、徐々に自分を語れるようになっていく。そのプロセスで、他者の言葉にも耳を傾けられるように、少しずつ変わる。
 上下関係も役割分担もとっぱらって、ひとりひとりの人間の中にある知恵にフォーカスしながらみんなで解決を考える。だが、これを言うのは簡単だが、実行するのは難しい。
 なぜなら。専門知は優れている、という思い込みや、誰が偉くて誰が偉くないという差別観、そして、大人はこんな感情的で個人的なことを話すべきではないという心の鎧などが、我々を何重にも縛り着けているからだ。
 こうしたものを少しずつ解きほぐして行く過程をつづったこの本は、著者だけでなく、読者の心をも深く揺さぶる。医療だけでなく、教育やビジネスといった、人が複数集まって営まれている全ての場所に、大きな変化をもたらす可能性のある書物である。
 しかも、最後にたどり着いた境地が、何の先入観もなくただ話す、という極めて当たり前な状況であるところに、オープンダイアローグの信頼性がある。

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