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【書評】ジェームズ・M・バーダマン『アメリカ黒人史』--黒人は空を飛ぶ

 今まで知らなかった話がいっぱい出てくる。アフリカから連れて来られた奴隷たちは様々な場所の出身だったので互いに言葉が通じなかったと思っていた。だがこの本によれば、そもそも彼らは多言語話者で、しかも奴隷船の中で独自のピジン言語を作ったりして、なんとか必死に互いにコミュニケーションを取っていたと言う。まあそりゃそうだよね。
 黒人奴隷たちが西洋の医学を信用していなかった、というのも興味深い。白人の医師が来て奴隷たちに薬を飲めと言っても、ひょっとしたら毒を盛られるかもしれない。ならば自分たちの仲間である薬草医こそが信頼に足る。だから彼らはアフリカ伝来の薬草の知識を駆使して奴隷たちを癒していたらしい。こういう話はトニ・モリスンの作品にも出てくる。
 奴隷の身分から解放されるのは死によってのみであり、死ねばアフリカまで飛んで行って自由の身になれるという考えも出てくる。奴隷達の民話や作品には空を飛ぶ黒人というイメージが出てくるが、これは奴隷の逃亡の話だけではなく死をも意味していたのだろうか。
 しかもアフリカに飛んでいったあとまた生まれ変わるとすれば、輪廻思想にも繋がるわけで、キリスト教徒になった彼らが、実はアフリカとヨーロッパの信仰を混ぜ合わせた独自の考えを持っていたとが分かる。
 信仰といえば、聖書を自分たちの置かれた状況の比喩として用いたという話もいい。旧約聖書でモーセはエジプトの暴君ファラオから、奴隷とされたユダヤ人達を解放する。ならば自分達にもモーセにあたる人物が現れるのではないか。のちにリンカーン大統領という形で実際にそうした存在が現れたところがすごい。
 黒人史の本は何冊か読んだが、黒人音楽の知識や実際の南部での生活感に裏打ちされたこの本には特有の面白さがある。

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