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来世に贈る。

 図画工作の授業で、真円のRは教えてもらってなかったことを不意に思い出した。目線を動かすと、平面図はゆっくりと立体に変化しホログラム化する。手で回転させて眺め、質感を確認し終わったら次のステップへ。新しい作品の構想はこんなものだろうか?まだなにかが足りていない気がする。

 ステンレス製のデヴァイスは、もう何時間も触れているのに、未だにひんやりとしている。冷えているそれを空間に投げ出すと、真っ白な空間に身を投げ出した。この空間は無重力のため、ゆらゆらと漂って考えるのにちょうどいい。

 なにか、ノスタルジックな気分だ。僕が生まれた2038年から23年が経ち、人は地球を離れて宇宙生活の段階へ……とはいっていない。代わりに重力のコントロールに成功し、人為的な空間のゆがみに新しい世界を見いだした。

 専門ではないから、詳しいことは知らないが。ただ、僕らはその技術の恩恵を受けている。存在しないのに、存在するらしい矛盾空間に住むことができるようになり、都市が生まれ、人が産まれ、平和な世界がうまれた。

 この空間の外側には旧世界が有り、時間の流れが違うらしい。僕たち亜空間世代はそこへの干渉を極端に規制されいる。自然であり自由なことが本当であるとすれば外側が本当で、作為的、人工的に作られたこの世界はすべてが偽物で、関わるべきではないのだろう。

 人工の都市、人工の自然、人工の機関、人工の中学校……。自然的思想と人工的思想は仲が悪い。生きるだけの僕にはどうでもいい話なんだけど。多くの空間に分割された世界は、ものごとをカテゴリィで区別し、棲み分けをした、らしい。

 戦争するため、学問のため、生物を育てるため、平和に生きるための空間。昔は同じ空間で戦争をしていたらしいが、それも義務教育の中学校でかじった程度だ。あとは自由にと政府に言われて、自由に生活している。旧世界に行ったことは、ない。

 ぼんやり考えていると、まっしろな空間にまっくろな長方形が生まれた。

「椎名、はいりまーす、ってうわ……また無重力じゃんっ」

「椎名。できれば連絡してから入ってくれ。集中してたんだ」

 ふわふわ浮いてるだけじゃん。と浮いているやつがうそぶく。考え事をしてるんだから、集中でいいだろ。

「次の作品、できた?」

 空中で手のひらをくるくるして、ホログラムのそれを投げつける。わっとっとと言いながら、椎名は器用に受け取る。宝石がついた直径16.0ミリメートルの金属製の輪っか。ただそれだけなのに、とても大切なもの、らしい。

「綺麗……」

 椎名のため息で、ホログラムはキラキラと粉になって消えていった。僕が設計していたのは指輪と呼ばれるものらしい。今では誰も利用する事もなく、宝石も金属も完全人工的に合成された輪っかだ。指につけるものというが、僕の指には合わないものだ。

 僕らの目的は、旧世界の文化を再現すること。いずれ行きたいと思っている場所のことを少しでも理解するために必要な手順だった。

「そんな輪っかがなんの意味を持つんだろ?人工物だし」

 ロマンがないなー。キラキラとした鱗粉を纏いながら椎名が首を振る。無重力の中で光の羽が生えているようだった。

「昔の世界では、人が手作業で作ってたんだよ?でもこんなに99.999999%の精度でカットから真円まで整うことなんて、きっとなかった。来世に繋ぐ気持ちで思いを込めて作ったんだよ。私たちはその本物を見にいくの。それってすごく素敵じゃない?」

「そういうもん?」

 そういうものよ。と頷いて、鱗粉を手元に集めると、僕の設計した指輪が元の形に戻る。その輪から椎名は僕を覗き込むと、満足げに笑った。

 なるほど。指輪というのは、存外いいものなのかもしれない。

 僕が作ったのは消えてしまう偽物だけれど、その世界では消えない本物らしい。どんな宝石にすればいいのだろう。作る時も手作業ならいびつなものになるに違いない。あんな輝きを放つとは限らないし、劣化するだろう。それから……。

「ね、いいこと教えてあげようか?」

 いつのまにか目の前にいた椎名が、僕の前に左手を突き出していた。びっくりして、のけ反って、華奢な手から目が離せなくなる。親指、人差し指、中指、小指。それから、薬指。ああ、そう、それから。

「私の指のサイズはね、11号だよ」

「11号?機構人形の名称かな」

「…………は?20気圧の中に1日閉じ込めようか?」

 怒った彼女はグーで僕に飛びかかってくる、それをいなして、内心笑ってしまう。旧世界のことより、知りたいことはまだまだありそうだ。この世界が人工物で偽物といわれても別に構わない。

 この空間をいつか出よう。義務教育の先は自由な学習の世界だったらしい。僕たちは人工の中学校を卒業して、自由だったから。昔でいう大学生かなにかなのかな?

 そっと指輪の設計図を広げ、11号に直してから。君の左手を握りしめた。

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