漫画カービィ作者鬱病騒動とは何だったのか
ネットde真実という造語がある。
今ではあまり聞かない言葉だが、意味合いとしては字面の通り「インターネット上の情報だけで世の中や物事の真実を知った気になってしまうこと」という感じ。
スマホひとつであらゆる情報が手に入る世の中、虚実入り乱れるネット上で情報の精査を受け手が行うことは必須であり、それを怠るとたちまち悪意のある誤情報に蝕まれかねない。いわゆるネットリテラシーというやつである。
そんなネットde真実を個人的に象徴する一連の出来事がある。
正式な名称というものは定まっていないが、ここではひかわ先生鬱病騒動とでも呼ばせてもらおう。
事の顛末を簡単に説明すると以下のとおりとなる。
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小学館のコロコロコミックで1994年より連載されていた『星のカービィ デデデでプププなものがたり』(全25巻)は多くのファンから愛されていたが、連載末期に突如背景の描き込みがほぼ無くなったり、話の収拾がつかないまま終わったりと異様に作品のクオリティが下がるという謎を残し、2006年に連載終了を迎えることとなった
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このことについて、2008年頃からネット上で「作者のひかわ博一先生は小学館の編集者に精神を壊され鬱病になってしまった。だから連載末期の内容はあんなことになった」という噂が立ち始める
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噂はネット上で広がり続け、騒動をまとめたWikiの立ち上げや小学館への批判など一連の疑惑は半ば「事実」という前提で認知されるようになる
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時は流れ2017年、漫画家・カメントツ先生が騒動の真相についてひかわ先生に直撃取材を行う。そこで本人から語られた内容はおよそ以下の通り。
・「小学館の編集者のせいで鬱病にされた」という話は全くのデマ
・実際は連載のモチベーションが徐々に消えていった結果、単行本の10巻前後からはアシスタントに作画をほぼ丸投げし、ひかわ先生は話のシナリオを考えるだけの状態が長く続いていた
(いわば作画と原案で分かれている状態だったが、単行本にはアシスタントの名前は一切載せられることはなかった)
・連載末期のクオリティが極端に落ちた理由は代筆させていたアシスタントに逃げられたから
・騒動が大きくなりすぎて自分からはなかなか言い出せずにいた
(渦中のひかわ先生は表舞台に姿を見せず、SNS等で発信することも無かったため憶測が憶測を呼ぶ状態だった)
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このルポ漫画によってひかわ先生鬱病騒動は急速に鎮静化し、「真実」をまとめていたWikiは「編集者に鬱病にされたという説はデマだと確定しました」という文を残して更新を停止した
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……ざっくりこんな感じである。
ちなみに自分はこの騒動については後追いで知ったわけではなく、事の一部始終をリアルタイムで傍観する立場にあった。
なんなら自分の小学生時代はひかわ先生の『デデププ』と共にあり、一時期は絵柄を真似して描いたカービィのイラストをブロマイドと称して教室の壁に貼り出したりしていた記憶がある。何やってんだ俺は。
ただし、この「小学館の編集者に鬱にされた」という噂は全くの無から湧いてきたわけではなく、以下の3つの要因が重なった結果あたかも真実のように語られるようになったものである。
1)2006年当時、週刊少年サンデー(同じく小学館)で『金色のガッシュ!!』を連載していた漫画家・雷句誠先生が小学館担当者とのトラブルによるストレス蓄積により机を強く叩いてしまい右腕を負傷、人気を博していた同作は長期休載となる。
翌年に連載終了を迎え雷句先生は原稿の一括返却を受けるが、その際に小学館が原稿数点を紛失していたことが発覚し、作者はこの件で小学館を提訴。小学館に対する不満が広がる。
2)ほどなくして2ちゃんねるのとあるスレにて関係者を名乗る人物から以下の書き込みが投下され、
文中の『メディアミックス連載のH先生』はひかわ博一先生のことでは?という予想が立ち、急速に「真実」として広まっていく。
3)『デデププ』単行本23巻の作者コメントにて、青空の写真と共に「大人になると下ばかり向いて、空を見上げる余裕がなくなるみたいです。」(一部抜粋)と、心を病んでしまったのではとも受け取れる文章が載っていることが広まる。
漫画内で上述の「異変」が起こったのは次巻である24巻からであるため、「精神を壊されてしまった作者によるSOS」として『検索してはいけない言葉』などのサイトでも取り上げられるようになる。
…ルポ漫画によって真実が明らかになった今、「この3点が根拠の全てだった」という事実を改めて見直すと、正直なところ「うっすいなぁ……」という感想を抱いてしまう。
しかし、当時可哀想な被害者のひかわ先生に同情し、倒すべき巨悪である小学館に立ち向かっていた人達にとっては、信頼に足る証拠として扱われていたことは紛れもない事実である。
この一連の騒動に限らない教訓として、特にネット上では「自分にとって都合の良い情報は鵜呑みにしてしまう」という人が少なくないように感じられる。
今回の件でいえば「小学館への不満が高まっている状態」と「大好きだったのに終盤になって突如失速した漫画」という2つの事象に「ひかわ先生小学館のせいで鬱病説」のピースはガッチリとハマってしまったわけである。
疑惑を否定してまで憎き小学館の肩を持つより乗っかった方がラクだしね。
そうなるともはや後戻りはきかず、「鬱病は真実」として小学館と戦う同志を応援し、自らもひかわ先生の敵討ちとして活動を行うエコーチェンバーじみた状態になってしまっていたと思われる。
その裏では「可哀想なひかわ先生」が偶像として祭り上げられている現状を見ていることしか出来ない本当の被害者が居るとも知らずに。
余談だが、個人的に恐ろしいと思うのは「2ちゃんねるで書かれていたH先生はひかわ先生ではなかった」ということが判明した時に「じゃあ本当は誰だったのか?」という流れに移行しなかった事である。
あれほど多くの人が噂を真実とする拠り所としていたにもかかわらず、以降その書き込みが取り沙汰されることは無くなってしまった。
まるで書き込みの真偽は最初からどうでもよかったと言わんばかりに……
書いた人:こいつ( https://x.com/koitsu511 )
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【補足】
https://suttonde.exblog.jp/14987087/
本文の通りルポ漫画が発表されるまでの間は長らく「ひかわ先生鬱病説」が尾鰭を付けながら独り歩きしていたわけだが、
上記のブログにて件の「元アシスタント」にあたる人物が2013年にその説を否定する記事を出し、以降コメント欄を使って読者とのやり取りを続けていた。
勿論ここに書いてある事こそが100%の真実と言い切ることは出来ないが、ルポ漫画の前後(2017年6月)で読者コメントの雰囲気が明らかに異なっていたりと当時の空気感を部分的に知ることが出来るので、興味のある方は是非。
【蛇足】
ちなみにデデププで一番好きなギャグはカービィが出したピンク色の寿司を食べたデデデが美味さに感動してネタの正体を聞いたら「一番搾りペポ!」って言いながら雑巾みたいにピンクの物体をひねり出すやつです。
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