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【シナリオ】もみじキッチン

   人 物

坂本忠彦(35)料理人
河野珠代(17)高校生・バイト
料理長
大家

老年男性

  

   本 文

○フランス料理店「ル・エトン」・外観(夕)

緑に囲まれた雲場池の近くに建てられた小さなレストラン。入り口には「ル・エトン」の文字と池と紅葉のイラストが描かれた木製の看板。

○同・ホール(夕)

テーブル席が二つとカウンター席が五つだけの簡素な店内。掃除が行き届いて、内装もおしゃれ。客はいない。
カウンターには「緊急事態宣言」と大きく書かれた厚生労働省からの通知が一枚。
坂本忠彦(35)がカウンターで電話をしている。
河野珠代(17)はモップを片手に坂本の側に立ち、暇そうに長い髪の毛をいじっている。エプロンとマスクをつけている。

坂本「はい、大変申し訳ありません。では、失礼致します」

坂本は電話を切り、頬杖をつきながら牛乳を飲む。

珠代「テイクアウトくらいしたらいいじゃないですか」

坂本は牛乳が入っていたグラスをいじりながら、

坂本「そうだね」

坂本はガラス張りの店頭越しに見える池を見つめる。

○(回想)フランス料理店「momizi」・外観(夜)

飲食店ひしめく繁華街。夜空に聳えるライトアップされた東京タワー。
「momizi」はいかにも高級そうな店構え。入り口には「ホール改装中につき、ご利用いただけません」の貼り紙。

○(回想)同・厨房(夜)

料理長が椅子に座り、難しい顔で腕を組んでいる。
目の前のテーブルには、プラスチックトレーに窮屈に詰められたオードブル。
料理長に向き合う形で若い坂本が立っている。
向かい合う二人を何人かの若い料理人が囲んでいる。みんな不安そうな顔。
料理長は心底不思議そうな顔で坂本の顔を見つめる。

坂本「これなら改装中でも、営業できると思うんですよ」

料理長の顔は怒りに染まる。机を手のひらで一度叩いてから、椅子から立ち上がり、

料理長「お前、明日から来なくていい」
坂本「ちょっと」

周囲の料理人達は「やっぱり」という顔でお互いに目を合わせる。
料理長はコック帽を脱ぎ、厨房から出ていく。それに釣られて料理人達も出ていく。
そのうちの一人が慰めるように坂本の肩をポンポンと叩くが、坂本はその手を払い除ける。

○フランス料理店「ル・エトン」・ホール(夕)

坂本は薄い髭を触りながら、

坂本「料理は華やかにお皿に盛ってこそ、素晴らしいんだよ」
珠代「ふーん」

珠代は不満げな顔。

○同・勝手口(朝)

坂本が大家に頭を下げている。
大家は顔に皺のよった老人で、縦に長い書類を両手に持ち、不機嫌そうな顔で眺めている。

大家「謝っても金は出てこないからねぇ」
坂本「大変申し訳ありません。こういうご時世ですから……」
大家「大体、君みたいなぼんくらが生きていけるほど、安くないよ、ここは」
坂本「もう少し、待っていただければ」
大家「二ヶ月後もこうだったら、出てってもらうからね」
坂本「それは……」

大家は勝手口から去る。
厨房では、黒っぽい生魚がステンレストレーの上で寝ている。

○同・厨房

坂本は仕込み作業をしている。
足元には大量の野菜が入った段ボールが三つも置いてある。段ボールには「高原野菜」や「軽井沢」の文字。
珠代が私服姿で厨房に入ってくる。

珠代「こんにちはーって、なんですかこれ」

珠代は野菜の量に驚く。

坂本「野菜だよ」
珠代「つ、使い切れるんですか?」
坂本「農家さんだって、コロナ禍で買い手がつかないんだよ」
珠代「だ、だからって」
坂本「冷凍しておいてくれ」
珠代「絶対入り切りませんよ、ただでさえ小さいんですから」
坂本「早く着替えなさい」
珠代「……んもう」

珠代はトイレへ。

○同・ホール(夜)

華やかで都会的な身なりをした若い男女が一組、テーブルに座っている。
珠代が超山盛りのサラダを配膳している。

女「すごいわねぇ、食べきれないわ」

男女は笑う。
珠代は苦笑い。
マスクをした老年男性がカウンター越しに厨房を覗き込んでいる。

老年男性「坂本さん」

と呼びかけて、手招き。
厨房から坂本が出てくる。

坂本「青木さん、カウンターどうぞ。白ワインお持ちしますね」

老年男性は坂本を手で制して、

老年男性「(以下、ヒソヒソ声で)車のナンバーを見たんだけどね、品川だってさ」

坂本「はい?」

老年男性「あんまり、都会の人が来るとね、おいぼれは不安だよ」

老年男性は口元のマスクを指差す。

坂本「じゃあ、ちょっと席を離しますね」
老年男性「いや、結構。他をあたるから」

老年男性は店を後にする。
坂本は呆然とする。
厨房の珠代は慌てた口調で、

珠代の声「坂本さん、焦げちゃいますよ!」

坂本、老年男性の背中を寂しそうに眺める。

○同・厨房(夜)

勝手口から厨房に私服姿の珠代が入ってくる。

珠代「すみません、私のスマホ見ませんでしたか」

厨房では坂本が透明なプラスチックトレーに焼き魚を入れている。顔は険しい。珠代に気づいている様子はない。
珠代は息を潜めてその様子を見ている。
坂本は輪切りのレモンを添えようとするが、手を止める。そのままじっと焼き魚を見つめる。

坂本の右脇にあるシンクでは、水が勢いよく出しっぱなしになっている。
坂本は一つため息をついて、振り返ると珠代と目があう。

珠代「わっ」
坂本「どうしたの?」
珠代「いえなんでも...…」

珠代はそっぽを向く。

○雲場池(夜)

青々とした緑に囲まれた池。水面に月が映っている。
池のほとりのベンチに坂本と珠代が座っている。坂本は白ワインを瓶直飲み、珠代はアスパラガスを齧っている。

坂本「お客さんにちゃんとしたものを味わって欲しいだけなのにさ」
珠代「このままじゃ、私のバイト先が無くなっちゃいますね」
坂本「それは困るなぁ」
珠代「別に坂本さんは東京でもなんでも行けばいいじゃないですか」
坂本「……ここの池、秋になると、燃えるみたいに綺麗なんだよね」
珠代「知ってますよ、地元民なので」

坂本の制服には紅葉が刺繍してある。

坂本「もっと腕が良かったら、店も長続きしたのかも」

池を泳いでいた鳥が飛び立つ。

珠代「私、時給いりません」
坂本「え?」
珠代「だから、タダで頑張ります」
坂本「(弱々しく笑って)高校生に無賃労働はさせられないなぁ」
珠代「本気ですよ」

珠代はアスパラガスをグッと握りしめて、威勢よく齧る。

〈了〉

*  *  *

 お題「軽井沢」の二十枚シナリオ。軽井沢だからこそできるドラマを書くために取材をするのがこの課題の意図。めっちゃ難しかった。二週間かかった。でも、その価値ありの作品ができたと思う。

 今まで課題を仕上げてきて、ようやく「ドラマを描く」の意味がわかってきた。今までは「ストーリーを描く」ことを意識しすぎていたように思う。これからの俺の作品は一味違うぞ。

毎日コメダ珈琲店に通って執筆するのが夢です。 頂いたサポートはコメダブレンドとシロノワールに使います。 よろしくお願いいたしますm(_ _)m