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【シナリオ】トレーサー

  人 物

竹中将人(20)大学生
大葉礼美(21)大学生

  本 文

○児童公園前道路(夜)

ジャングルジム、滑り台、公衆トイレが窮屈に並んだ小さな公園。住宅地やアパートに囲まれている。
竹中将人(20)と大葉礼美(21)が三メートルほど離れて向かい合っている。
竹中はスポーツウェア姿。体が引き締まっている。
礼美は寝巻きっぽい。風呂上がりのような長髪をヘアゴムで結んでいる最中。ポケットにはストップウォッチが入っている。
二人を照らす弱々しい街灯。
竹中は深く頭を下げながら、

竹中「あなたですよね、あの有名なトレーサーって」
礼美「……」
竹中「お願いします。俺にパルクールを教えてください」
礼美「こんな寝巻きの子がそうだと思う?」
竹中「普通の人の靴は、そんな風にすり減りません」

礼美のスニーカーは不自然な削れ方をしている。

竹中「……お願いします」

礼美はストップウォッチを取り出し、ボタンを押し始める。
竹中は頭を上げ、その様子を見る。
礼美はストップウォッチを竹中に投げて渡す。表示は十分。

礼美「十分以内に私を捕まえられたら、考えようか」

竹中はストップウォッチを操作してから礼美に突き出す。表示は五分。

竹中「速さには自信があります」

竹中の足は筋肉で太い。

礼美「そう」

礼美は突然公園の方へ駆け出し、滑り台に飛び乗り、そこからさらにジャングルジムへと飛び移り、終いには公衆トイレの天井の上へ。公衆トイレには青い男と赤い女のピクトグラム。

礼美「パルクールに男女って関係ないんだわ」

竹中、ストップウォッチのスタートボタンを押して駆け出す。
礼美も逃げ始める。


○住宅地・屋根上(夜)

二階建て一軒家の、斜めに傾いた屋根。黒猫が一匹寝ている。
礼美が軽々とした足取りで屋根に飛び乗る。驚いて逃げる黒猫。

礼美「ごめんね」

礼美は庭の物置きに着地。そのまま道路の方へと去っていく。
次に竹中が屋根の上へ。屋根の端ギリギリに着地。それに続く足取りも頼りない。
竹中の足音に驚いて飛び立つカラス。

○住宅地・階段(夜)

住宅地の中にある長い下り階段。真ん中に上から下まで続く手すりがある。
礼美は手すりに飛び乗り、滑り台のように下っていく。
竹中は同じように手すりに座ろうとするが、うまく滑れずに断念。四段飛ばしで階段を下る。
竹中はストップウォッチを見る。表示は三分十秒。

○アパート・前(夜)

五階建てのアパート。
礼美はアパートの駐車場を抜けて、一階へ入っていく。
その直後に竹中がようやくアパートへ辿り着く。アパートの前に置かれた空き缶入りのゴミ袋を踏んでジャンプ。

○アパート・一階エレベーター乗り場

礼美はエレベータに乗り込み、閉じるボタンを押す。
閉まりゆく扉越しに、礼美は竹中へ手を振る。
竹中はギリギリでエレベータに乗れず。
直ぐに階段の方へ体を切り返す。

○アパート・エレベーター内部(夜)

礼美が軽いストレッチをしている。
エレベーターは上昇中。

○アパート・外階段(夜)

竹中が階段を駆け上がっている。
全身汗だらけ。

○アパート・五階廊下

竹中が階段を登り切り、辺りを見渡す。屋上へ続く非常階段の方から足音がする。

○アパート・屋上

殺風景で薄汚い屋上。
竹中が非常階段を登り切り、屋上へやってくる。
礼美は屋上の淵に立ち、外を向いている。服が風で少し靡いている。

礼美「あとどのくらい?」

ストップウォッチの表示は四十秒。

竹中「こっからどうするつもりだ」

礼美は一つ呼吸を置いてから、隣のアパートへ飛び移る。華麗な受け身。

竹中はアパートの間にある深い隔たりに直面し、足をすくませる。

礼美「おいでよ」

ストップウォッチの表示は十五秒を切る。

竹中「飛べる」

竹中、まだ飛ばない。
礼美はその場で座り、あぐらをかく。

礼美「まだ?」

ストップウォッチは残り五秒。
竹中、礼美の方を一瞥。
礼美、不敵に微笑む。
ストップウォッチは残り二秒。
竹中、足を踏み込む。
きれいな月の光。
竹中、ジャンプ。
タイマーのアラームが鳴る。

○病院・個室(夜)

竹中がベッドで寝ている。
礼美はその脇の丸椅子に座っている。
竹中は目を覚まし、体を少し起こす。
礼美はそれを見て立ち上がり、伸びをする。
竹中はハッとして、自分の体が無事であるかを確認しようとうごめく。

礼美「捻挫でよかったね」

○(フラッシュ)アパートの屋上

竹中は最上階のベランダに着地するも倒れる。
礼美はそれを驚きの表情で見ている。

礼美の声「ベランダがあって」

○病院・個室(夜)

礼美は丸椅子に座り、勢いで一回転。
礼美は竹中の右足首に大きな古傷を見つけて、少し顔を顰める。

竹中「ありがとうございます」
礼美「君ねぇ、あれは勇気じゃないよ。慣れない真似はするな」

竹中は黙り込む。
礼美は部屋から出て行こうとする。

竹中「どこ行くんですか」

礼美「家に帰るんだよ」

礼美、去る。
竹中、ベットから飛び出して、病室を出る。

○病院・廊下

礼美がつまらなそうに歩いている。
竹中は個室から飛び出し、不自然な足取りで追いかける。すぐそばを歩いていた看護師がびっくりしてカルテを落とす。

竹中「待ってください」

礼美、驚いて振り向く。立ち止まる。

礼美「どうしてそんなに熱心なのさ」

竹中、礼美の両手を掴む。

竹中「振り向かせたい人がいるんです」
礼美「なんだ? 恋人か?」
竹中「違います。昔の、師匠です」

〈了〉

*  *  *

 主人公の竹中には、幼少期にパルクールを教えてくれた年上の幼馴染がいた。彼は竹中の憧れだった。しばらく疎遠だったが、とあるきっかけで再開する。しかし、かつてのかっこいい幼馴染は既に存在しなかった。彼はパルクールをやめていたのだ。彼は一切その理由を教えてくれない。竹中は納得がいかなかった。

 そこで、噂のスーパートレーサー(パルクールを嗜む人のことをトレーサーと言う)を竹中は見つけ出し、自分を鍛えてほしいと直談判する。幼馴染が振り返ってくれるような最高のトレーサーになるべく、竹中と礼美の修行が始まる。

 ...…的な青春パルクールストーリー。自分が諦めたことに対して「あなたには才能があります。あなたが必要です!」と引き留めてくれる後輩がいる幸せを妄想したんだ。

 シナリオ的な工夫としては、まず、公衆トイレの上に土足で登り「男女は関係ないんだ」の描写。セリフのを象徴して見せることで印象付けたい。

 もう一つは、制限時間を十分から五分に訂正するやりとり。竹中の自信家、熱血という性格を物語らせる工夫。

毎日コメダ珈琲店に通って執筆するのが夢です。 頂いたサポートはコメダブレンドとシロノワールに使います。 よろしくお願いいたしますm(_ _)m