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【シナリオ】聞きはしないが言ってほしい

  人 物

大屋郁人(12)小学六年生
水奈瀬太地(29)郁人の担任教師
大屋英治(46)郁人の父
大屋須美(42)郁人の母
ママ友A
ママ友B
試験監督の先生

  本 文

○車内(朝)

大屋英治(46)が運転席に。
大屋郁人(12)は助手席に。郁人は小学校の制服を着ており、手提げ鞄の持ち手を強く握りしめている。
車は赤信号で停車中。隣は車の衝突事故の後処理中。パトカーの赤いランプが赤く点滅中。

英治「郁人、色々気にせずになあ、できることをやればええ」

郁人は無言で黙り込んでいる。

英治「……今日は、晴れてよかったなぁ」

○カフェ・店内

入口看板やショーケースに色とりどりのスイーツが目立つ明るい雰囲気のカフェ。
ママ友Aとママ友Bがボックス席についていて雑談中。
大屋須美(42)が入店。ママ友Aが須美に手を振りながら、

ママ友A「おーい」

須美「あー、はははは。そんな隅っこにいなくたっていいじゃなーい」

須美は二人のいるボックス席へ。

○東秀中学校・正門(朝)

風格のある校舎。正門には「東秀中学校入学試験」と書かれた看板。

○東秀中学校・教室(朝)

黒板には「適性試験」の文字。注意事項や試験時間が書かれている。試験監督の先生は腕組み。受験生達が必死にペンを走らせている。
郁人だけは、試験用紙を睨みつけて小さく歯軋りをしている。解答用紙の端っこに無意味な黒い丸を強い筆圧でなぞり続けている。飛び散る鉛筆の芯の粉。

○カフェ・店内

須美とママ友A、ママ友Bが談笑中。

須美は大きなミックスパフェを食べている。

須美「だーいじょうぶよ、うちの郁人は一年生から塾に入れてるし、学校終わりも毎日きちんと机に向かわせたわ」
ママ友A「郁人くん、模試の成績もトップクラスだしね」
ママ友B「……大変そう」
須美「そうね、塾選びは大変だったわ」
ママ友B「あ、それもそうだけど……」
ママ友A「うちの子ったら来年受験だっていうのに」
須美「奏くんなら全然大丈夫よー」

須美、小指にクリームがついている。

○東秀中学校・トイレ前(朝)

郁人は試験監督の先生に案内されて男子トイレの前にやってくる。受験票を手に握っている。
郁人は立ちすくし、トイレに入る気配がない。

試験監督「どうしましたか?」

試験監督は郁人の肩に手を乗せる。
郁人は手を振り払い、廊下を駆け出す。

試験監督「おい、試験中だぞ!」

○カフェ・中(朝)

須美はパフェの器にくっついたクリームをスプーンでかき集めながら、
須美「うちの郁人は、自分から東秀中学に行きたいって言ったのよ」

ママ友A「(感心の)へぇ」

ママ友Aは頷く。

○東秀中学校・裏門(朝)

背の高い雑草で荒れた裏門。
郁人が裏門を飛び出し、歩道を駆け出す。郁人の制服には草と土が付着している。

○歩道(朝)

雨で湿っている歩道。所々に水溜り。
郁人が全力で駆けている。制服の帽子を脱ぎ捨てる。ブレザーを脱ぎ捨てる。ネクタイを脱ぎ捨てる。受験票だけは手に持ちながら走る。
郁人の右足が深めの水溜りを踏み抜き、飛沫が靴下とズボンへ盛大に飛び散る。
郁人は立ち止まる。涙目になりながら、受験票を水溜りに投げ入れ、左足で思い切り沈める。

○マンション・外観(夕)

三十階建て。都心部。

○大屋家・リビング

広々としている。調度品もそこそこの高級感。
リビングの中央で須美が地面にへたり込み、慟哭している。
つけっぱなしのテレビは、電車の脱線事故のニュースを告げている。
須美の少し離れた後ろで、英治が困ったような険しい顔で須美を見つめている。

○大屋家・郁人の部屋(夕)

勉強机や本棚には参考書が並んでいるが、所々荒らされている。窓はカーテンで閉ざされ、電気もついていない。
郁人がベッドにうずくまっている。
英治が入口扉をノックして部屋に入る。
英治は足元に落ちていた理科の問題集を手に取り、

英治「郁人、確かに母さんの期待は重かった……、おい聞いとるか?」

英治、郁人にかぶさっていた布団を剥ぎ取る。

英治「でもなあ、全部お前のことを考えてのことなんだぞ」
郁人「……」
英治「母さん泣かせることすんじゃねぇ」
郁人「じゃあさ……僕のことをどう考えたんだよ」
英治「あ?」
郁人「僕のことをどういうふうに考えてくれたのか教えてくれよ!」

郁人は英治から布団を奪い返して、再び被る。
英治は口ごもる。

○大屋家・キッチン(夜)

デジタル時計の表示は午前二時。
電気もつけないで郁人が静かに食器棚の方へ歩いている。
食器棚からコップを取り出し、冷蔵庫を開ける。麦茶の入った容器に手を伸ばそうとした時、冷蔵庫の中にショートケーキが三つ入っていることに気づく。
そのうちの一つには「いくと、おつかれさま」と書かれたチョコプレートが乗っている。
郁人はすぐにケーキから目を逸らして、

郁人「ごめんなさい、ごめんなさい」

と呟く。

○小学校・社会科室(朝)

郁人と水奈瀬太地(29)が机を挟んで座っている。
郁人は小学校の制服姿だが、帽子とネクタイとブレザーはない。
水奈瀬は椅子にまたがり、背もたれに顎を乗せるだらしない座り方。シャボン玉の吹き棒とシャボン液を持っている。

水奈瀬「君は東秀中に行きたくないのかい?」
郁人「……どこでもいいです」
水奈瀬「へぇ」

水奈瀬は郁人に向かってシャボン玉を飛ばす。
郁人は顔に飛んできたシャボン玉を手で振り払う。

水奈瀬「先生、心配してたんだ。君は希代の没個性だから」
郁人「僕、つまんないですか」
水奈瀬「そんなことない。受験会場から雲隠れ? 空前絶後さ」
郁人「……」

水奈瀬「何考えてたんだ? あのとき」

郁人、俯く。

○(フラッシュ)東秀中学校・教室(朝)

試験会場で、郁人が解答用紙を睨んでいる。

○小学校・社会科室(朝)

郁人「問題は簡単だったけど、このまま解いたら、何も変わらない気がして」

水奈瀬は席から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべながら、

水奈瀬「そうかそうか。じゃあ、先生が手伝ってやる」

〈了〉

*   *   *

 初めまして、シナリオライター志望の大学生、鯉登氷瀑こいとひょうばくと申します。今回のお話を気に入っていただけましたら、スキ、フォロー、サポート等していただけると励みになります。

 中学受験、高校受験、大学受験。合計すると二回トチってる身です。今思えば、受験って自分の将来や家族の将来がかかっているのに、それに見合う努力ができている自信がなかったんですよね。受験勉強をしている時は、なんだか自分の人生を生きている感覚がない。

 今回の課題は「親子」でした。「ここで失敗すると将来に悪影響よ」とか「あなたの教育費にウン百万かかっているのよ。家計の何%があなたに費やされているのよ? それに見合う努力をあなたはしているのかしら??」みたいなこと言えばいくらでも期待や圧力かけられるんだけど、その塩梅って難しいよなぁと思いながら書いていました。「どういうふうに僕のこと考えたのか教えてくれよ!」という郁人の台詞に代表されるように、もう少し親子のコミュニケーションが信頼で補強されていくといいですね。ちなみに私は現在、大学で伸び伸びと文筆業を極めさせてもらっているので満足です。早々に自立します(両親へ)。

 もっと親子の関係に焦点を当てた20枚シナリオになればよかったんですけど、水奈瀬先生を登場させてちょっと逃げました。書きたくないことこそ、書くべきこと。ここを乗り越えられないうちはまだプロになれないね。頑張ろう。


毎日コメダ珈琲店に通って執筆するのが夢です。 頂いたサポートはコメダブレンドとシロノワールに使います。 よろしくお願いいたしますm(_ _)m