20代で不妊治療はじめました
「排卵してなさそうですね。うちでは見れませんので妊娠したら来てね」
心臓がぎゅっとなって、それからしばらく唖然としていた。そうですかとか、ありがとうございましたとか何か言った気がする。ぼんやり声を発して、診察室を出た。自分の今の状況を、どんなふうに解釈していいのか良くわからなかった。とりあえず分かるのは、綺麗に線を引かれて追い出されたような気分で、自分は何かしら傷ついていそうなことだ。
ぼんやりと会計待ちのソファへ座った。目の前を横切る女性たちは静かで、お腹をさすったり、笑顔で談笑していたりしていた。しばらくすると真っ白に光る新生児を抱いた、自分の母にも似たような女性が奥からやってきた。外は晴天で、夏の気配を感じる風が吹いている。天気がいいね、まぶしい、と女性は会話している。お疲れさまでした、と看護師らしき女性が話しかけていた。
私は、理由の分からない涙をこらえるために、上を向いたり、鼻をかんだりした。
月経が毎月ないのはいつものことだった。思えば初潮からずっと2,3か月に一回程度の月経で、学生の時に一度検査を受けたこともあった。しかし異常はなく、若いから大丈夫だよと言われて、それからピルを飲んだり飲まなかったり、子宮とはそれなりに仲良くやってきたつもりだ。健康診断でA以外を取ったことが無い私にとっては、これは自分の体質なんだろうと思ったし、実際生理が重すぎる訳でもなかった。
ただ今回は状況が違った。妊娠を希望し始めたのである。妊娠は、排卵しないとできない。卵子が無ければ受精はしない。当然のことにふと気づき、軽い検査でも受けようかくらいの気持ちで受診したため、思ったより衝撃が大きかった。普通の婦人科で見れないレベルなのか、という事実に驚いたし、私と特に年齢も様子も変わらなそうな女性たちが大勢いる中に入れないという疎外感が孤独を意識させた。急に、私は女性として機能不全なのかという疑惑がずるりともたげてきて、それが大いに自尊心を傷つけた。暗く沈む気持ちを冷静に支える自分と、そのまま沈み込んでしまいたいじっとりした自分のせめぎ合いは、自宅につくまで続いた。
「それはあなたの体質であって、言ってしまえばヒト個体としての個性でしょ。医学的な評価と存在の評価は分けて考えないとねえ。」
夫はさらりと言ってのけた。ずるずると鼻水をたらす私をぎゅっと抱きしめながら、背中をさすった。大丈夫だよ、大好きだよと言って繋いでくれる手は優しくて暖かくて、余計泣いた。
不妊治療の精神的な辛さの理由、涙の理由はなんだろうか。
確かに、シンプルに辛いものはある。ショックで涙が出たり、我が子に会うのは難しい側にいることに否定的な気持ちで悲しくなったりもする。ただ、基本的には自分は自分であって、産める体だろうがなかろうが、存在の価値に変わりはない。夫のいうように、これは私の身体の特徴であり、それ以上でも以下でもない。放置してると死にますとかそういうたぐいの病でもない。つまるところ、機能不全などと自分を揶揄する必要は全くないのだ。
医師はあくまでデータや知見と照らし合わせて状況を正確に伝えてくれている。それを受け取り意味づけるのは自分で決めていい。自分を否定すれば否定するだけ辛くなるし、傷ついて涙が出てくる。私はそんなことはしたくない。これからも、そもそも治療に限らず生き方として絶対にしない方がいい。
その時こそ暗い気持ちになったし、時々気持ちが下がる時があったり、ひたすら検索して重たくなっている日はあったが、以降は治療で泣いていない。実際にそこまで辛くもなく、現在不妊治療が可能なクリニックにしれっとした顔で通っている。
(この治療の話は、また次回)
だって私は昨日と何も変わらない。妊娠がどうのこうの言われても、私は変わらず自分を大切に想っているし、私でよかったなと思っている。治療の中で、へえ~私ってこういう体質なのね、という気付きが少しずつ増えて、夫と一緒にゆっくりと状況を受け入れている最中だ。
つづく
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