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第二言語教育の「常識」 ─ 基礎日本語教育を考える(7)

 前回は、4-1の、フィージビリティ、ヒューマニズム、プラティカビリティという、コース全体を企画するにあたっての3つの視点の話をしました。

4.基礎日本語教育を企画する ─ インストラクショナル・デザインにあたって
4-1 コース全体を企画するにあたっての3つの視点
   ─ フィージビリティ、ヒューマニズム、プラクティカビリティ
4-2 ユニットを企画するにあたっての3つの視点
   ─ 言語事項の知識と言葉遣いの蓄え、言語活動従事、言語促進活動

 今回は、4-2です。

 「ユニットを企画するにあたって」というのは、二義的です。“Units”なのか“a unit”なのかということです。ここでのテーマは、その両方です。そして、教育企画においては、いずれにおいても、日本語上達の経路が敷設されるように企画を策定しなければなりません。

1.一連のユニットを企画するにあたっての視点
 例として、表現活動中心の教育での基礎段階の教育企画を考えてみましょう。一連のユニットの企画は次のようなステップとなります。

(a) 表現活動中心の基礎段階の目標として「さまざまな話題をめぐって自己表現活動ができるようになる」という目標を設定する。
(b​) シラバス・インベントリー(拡大話題一覧表)として、広く「さまざまな話題」をリストアップする。
(c) 言語知識(話題の言語活動で動員される言語事項や言葉遣い)の拡充と言語技量(総体としての表現活動能力)の増強の2要因を勘案しながら、一連のユニットが日本語上達の経路となるように(シラバス・インベントリーから)話題を選んで、配列する。
(d) 各ユニットのゴールでもあり、学習リソースでもあるナラティブを制作する。
(e) 必要に応じて、(c)と(d)を行き来してシラバス(話題、言語事項、言葉遣い)を調整する。

 また、実は、特定の種類の学習者を焦点化してユニットを企画する場合は以下の追加ステップが(d)と(e)あたりで関係してくる。

(f) 焦点化する学習者を決定する。

 表現活動中心の日本語教育の一連のユニットはこのようなステップで企画されます。
 表現活動の基礎日本語教育(その具体的な教材がNEJ)は、このようなステップで策定された教育企画です。他に、以下のようなものがあります。

・「きいて まねして はなして ─ 「わたしたちが語る」20のエピソード」(大阪府)https://www.pref.osaka.lg.jp/chikikyoiku/osyaberi/manesite.html#romaji
・「つながる にほんご」(堺市国際交流協会)https://www.city.sakai.lg.jp/shisei/kokusai/kyosei/seikatsu/nihongo/nyuumon_kyoozai.html
・「わたしをつたえる にほんご」(千葉市国際交流協会)https://drive.google.com/drive/u/0/folders/1HnW7DhK4Hm6lRRfut3y3srdc5wL-wMW1
・「わたしをつたえる にほんご CINGA版」(CINGA)https://www.cinga.or.jp/language/japanese/japanese-blog/1247/

2.1つのユニットの企画
 1つのユニット(NEJを活用した自己表現の基礎日本語教育では標準的には6−8時間)の学習と教授をどのように計画するかは、具体的な教育現場での意思決定の事項になります。しかし、それでは、日本語上達の経路に沿った一連の授業のイメージが湧かないと思われますので、参考に、一連の授業の流れの概略のみ以下に提示しておきます。

(1) 大枠
 大ステップ1: それぞれのナラティブを活用した学習
 大ステップ2: Grammar Practice Sheetを活用した習得の確認・定着
 大ステップ3: Writing Practice Sheetを活用した重要漢字の学習
 大ステップ4: 話題でのグループ・トークとエッセイの作成
        <教師によるエッセイの添削>
 大ステップ5: エッセイの読み聞かせ活動、あるいはエッセイの発表
(2) ナラティブを活用した学習のステップ
 *ナラティブの話に沿ったPPTであるPPTカミシバイを活用して。
 ステップ1: ナラティブを把握する
 ステップ2: ナラティブの朗唱練習
 ステップ3: 質疑応答練習
 ステップ4: 質問-答え練習

 詳細は、『新次元の日本語教育の理論と企画と実践』(くろしお出版)の図6(p.127)やpp.78-80の「初期的な言葉遣いの蓄え」、あるいは、『対話原理と第二言語の習得と教育』(くろしお出版)のpp.110-118などをご覧ください。

3.コーディネータの仕事
 筆者自身、現在も基礎日本語コースのコーディネータをしています。そして、いつも苦心しているのは、授業担当の先生方にどのように指示をすれば、言語活動に従事することを通して言葉遣いを着実に蓄えることができるような言語促進活動をみっちりやっていただけるか、ということです。ちなみに、ここに言う「言語活動に従事する」というのは、詳しくいうと「近接的言語活動に従事する」ということで、近接的言語活動というのは、受容活動であれ産出活動であれ「あと少しでできる」ような言語活動のことです。
 この苦心あるいは指示は実はとても「興味深い」側面があります。すなわち、日本語を上達させる活動は何か、言語活動に従事することを通して言葉遣いを蓄えるとはどういうことか、そもそも言葉遣いとは何か、日本語の上達の中で言葉遣いと言語事項はどのような位置を占めるかなどについて表現活動の日本語教育としての認識が共有できている先生との間では、この指示は一言で済みます。一方で、そうした認識が共有されていない先生との間ではいくら説明や相談をしても、先生の授業は表現活動の日本語教育コーディネータの期待に沿うものにはなりません。ただし、「表現活動の日本語教育コーディネータの期待に沿うもの」というのは、「実際の授業の中身や実施方法コーディネータのイメージ通りやってほしい」ということではありません。授業というのは多分に即興の世界であり、即興の世界であるからこそ何をどのようにするのが日本語上達に資するかに関する教師の認識がキモになるのです。
 授業で先生たちがしなければならないこと(していただかなければならないこと!)は、近接的言語活動を豊富に学習者に提供することです。そして、近接的言語活動を通して言葉遣いを蓄えさせたり、学生のパフォーマンスを修正したりすることです。決して、実体としての文型・文法事項や語彙や漢字を教えることではありません。このあたりの主張については、先に挙げた2著などを読んでご理解をいただくほかありません。

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