見出し画像

新しいレシピ [ショートショート]

近所の和菓子店「徳丸堂」は、知る人ぞ知る存在だった。店の外観はこぢんまりとして目立たないが、地元の人々には愛されている。私はそこで幼い頃から馴染みのある「どら焼き」を買い求めに、足を運んでいた。

ある日、いつものように「どら焼き」を頼んだところ、見知らぬ顔の青年がカウンターに立っていた。彼は今春から京都から来たらしく、修行中だと自己紹介した。いつもの主人から受け取るどら焼きとは少し違う。香りがほんのり甘く、それでいてどこか異国の風を感じさせる。「新しいレシピを試しているんです」と彼は言った。

その日は家に持ち帰り、夕方、どら焼きを口に運んでみた。食感はふんわりとして、口の中に溶け込むように消えていく。その甘さは絶妙で、甘すぎず、それでいてしっかりと味が広がる。普段の「徳丸堂」のどら焼きとは異なる、どこか繊細で異国情緒のある風味だった。

「徳を得る」という言葉がふと頭に浮かんだ。普段何気なく口にしていた和菓子が、他所の文化の風を少し纏うことで、味わいが変わる。徳を積む、そんな言葉が形を持ったような気がした。

翌日、私はまた「徳丸堂」を訪れた。昨日と同じ青年がカウンターに立っていた。彼に「昨日のどら焼き、すごく美味しかった」と伝えると、少し照れたように微笑んで、「ありがとうございます。少しアレンジを加えてみたんです」と応えた。

京都から来たばかりの青年が越境して持ち込んだ甘さ。それは確かに「徳丸堂」のものだが、新しい形で私たちに届いている。しばらくはこの青年のどら焼きに惹かれて、足を運ぶことになりそうだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?