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人生には意味もやるべきこともないという、大きな慰め

世の中は残酷で不公平である。
これはおそらく、真実だと思う。

自分が今こうして楽しく暮らしているのは、決して自分の努力だけではないことはわかっている。
むしろ、世の中に与えられた環境要因が9割を占めている。

善人が騙され、
罪なき人が飢え、
能力が正当に評価されることは少なく、
理由なく不当に扱われる人がいる。

こういった側面が、世界にはある。
見方や角度によって増幅したりうまく隠されたりはするけれど、たしかにある。

では、人はなんのために生きるのか?
なにをしていれば「充実した人生」になるのか?
人生の成功とは?
なんのために、わざわざこの世界に子どもを産むのか?

答えはない。
ほとんど唯一の慰めは、「人生に意味はない」と考えることかもしれない。

実際、私も時おりその考え方に救ってもらうことがある。

サマセット・モームの『人間の絆』を読んでいて、改めてうまくこの概念を説明してくれていたので、紹介したい。

内容のネタバレはなるべくしないように努めますが、本の引用を含みますのでご了承ください。

美しいものに心を惹かれる繊細で未熟な心の持ち主、フィリップ。
彼自身が悩む中、友人たちの言葉がフィリップに影響を与えていく。

美しいものは、その後多くの人々を感動させ、その感動でもって豊かに育つ。その意味で、古い物は新しい物よりも美しい。ジョン・キーツの『ギリシアの壺に寄せて』は書かれたときより、いまのほうが素晴らしい。なぜなら、百年の間、恋人たちが読み、心を病んだ人たちが慰めを得たからだ。
(下巻P8)
真実であろうがなかろうが、美しければいい。そうではありませんか。真実で、かつ美しいものを求めるなど、ないものねだりもはなはだしい。
(下巻P267)

自身が大いに辛酸をなめる日常で(自業自得だろ、と思う場面も大いにあるが)、フィリップはかつて友人からもらった贈り物に隠されたある示唆に思い至る。

それは、「人生にはなんの意味もない」という発見だった。
そしてそこから一歩考えを進めて、人生という何の意味もない縦糸に、自分なりに横糸を織り込んで模様を作っていけばいいのだと思うようになる。

何かをする必要もなければ、したところでなんの益もない。やりたければ、やればいい。
(中略)
人生という縦糸ーどこの水源からともなく湧き出て、どこの海へともなく滔々と流れる河のようなものーのなかにいても、意味もなければ重要なものもないと考えれば、好きな横糸を選んで思い思いの模様を織り上げることができる。
(中略)
いくつかの人生ではーヘイワードの人生もそのうちのひとつだがー運命が独断的に冷徹に、模様が完成する前にそれを中断させてしまうこともある。しかしそれもまたどうでもいい、というのは大きな慰めだ。
(下巻P452)

この発見はフィリップを大いに慰める。
ようやく、人生と和解できたような気分になったのだろうか。

同時に、のちの人生で多くの不条理を目にする上で、このように考えるよりほかに納得などできないと考えるようになる。

世界の残酷さに、心からの怒りを覚えた。仕事がみつからない絶望も、飢えよりもつらいみじめさも、いやというほど知っている。フィリップは、神を信じなくなってよかったと思った。もし信じていたら、こんな現実には耐えられない。こんな世界で生きていくには、人生など無意味だと考えるしかない。
(下巻P527)

人生とは何か?
いかに生きるべきか?
経済的な不安、孤独、報われない努力、不運。
この先どうなるのだろうか。
自分はみじめに死んでいくのだろうか。
ありふれた幸福などではなく、真に意味のある人生を歩みたい。

そんな思いでいっぱいになっているフィリップに、20代の自分がわずかに重なる。

結婚や子どもを持つことを避けようとしていたあの頃、自分はそんな「作られた」幸福に屈したくなかったのだろうか。
それともそれらを手に入れられる自信がなく、負け惜しみを言っていたのだろうか。

フィリップは最後に、自分なりの「横糸」を選択したかのように見える。

いままでは常に「未来」を考えて生きてきて、「いま」はいつも、いつも指の間からこぼれ落ちてきた。自分の理想はなんだ。それは精巧で美しい模様を織り上げることだ。それも人生に起こる無意味な出来事で。しかしごく単純な模様もいいのではないか。人が生まれ、働き、結婚し、子どもを持ち、死ぬ。これもまた完璧な模様ではないか。幸福に屈服することは敗北を認めることかもしれないが、これは幾多の勝利よりも得るものが多い敗北だ。
(下巻P617)

彼のこの選択は、「年を取った」ということになるのかもしれない。
彼自身が悩むことに疲れ、妥協したのかもしれない。
人生に折り合いをつけるのに、彼にとっては30歳を迎えることが必要だったのかもしれない。

読んでいて、20代の頃に出会っていたら感じていたであろう胸の痛みを感じることはなかった。

少し寂しくもあり、自分のそのような変化を大いに歓迎した。

人生に意味はない。
結構。
それなら、好きなように生きさせてもらおうじゃないの。

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