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誰か私を見つけて、きみは運命の人だと言って|水色、ときどき、青[連作短篇]

 バイト先のファミレスで新メニューの試作と試食をする度、幸せな気持ちになれる。それが季節限定のデザートだったら尚更。更に、憧れの人とペアを組んでだったら、もっと幸せ。

 コーヒーゼリーとティラミスにバニラアイスを乗せたパフェは、どこからどう見ても美味しいに違いなかった。簡単なデザートはホールスタッフが担当制で作るようになっている。作るといっても、順番通りに盛りつけるだけなので誰にでもできる。

 新メニューのティラミスパフェの作り方を教わっている段階から、早く食べたくてうずうずしていた。そんな私を察してか、バイトの先輩である光さんが「顔に出てるよ」と笑った。私は恥ずかしい気持ちと、光さんと話せて嬉しい気持ちで頬を緩ませながら、レシピに従って手を動かした。

 光さんは大学生で、今いるバイトのメンバーの中では古株だった。気さくで人当たりがよく、みんなから頼りにされているお兄さん的存在。私は光さんに憧れていて、それは恋愛感情というよりも、もっと高尚な想いだと解釈していた。光さんと話せるだけで幸せだし、同じ空間にいるだけでいい気分になれた。光さんの人となりから学ぶことも多かった。彼氏に感じる感情とは別物で、光さんは例えて言うなら、「人としてこうなりたいロールモデル枠」にカテゴライズされていた。

「あとは上からチョコチップをかけたら完成。佐伯さん、やっちゃって」
「はいっ」

 光さんに見守られながらティラミスパフェを完成させる。ああ、このパフェを今すぐ写真に収めたい。

「光さん、今いいですか?」

 その時、私と光さんの幸せな時間に割って入ってきたのは水沢だった。

「どうかした?」
「椿がちょっと火傷したみたいで」
「マジか。悪い、佐伯さん。あとはもう試食だけだから、先に食べといて」
「あ、はい。わかりました……」

 光さんは「あとでね」と言ってくれたけど、多分火傷をしてしまった新入りバイトの椿くん(水沢の友達らしい)の手当てをしてあげるだろうし、彼の作業を代わってあげるだろうし、そこまで読んでる私はこのティラミスパフェを半分に分けて、光さんの分は冷凍庫に入れて冷やしておいてあげるんだろうなと思った。

 一瞬、水沢が手当てしてあげればいいのにと思ったけど、光さんを頼ってしまう気持ちもわかる。救急箱がどこにあるかなんて、私も含めて多分ホールスタッフは知らないし、キッチンのことを知り尽くしている光さんに対応してもらえば、きっと間違いはないから。

 ティラミスパフェを取り分けて、光さんの分を冷凍庫に入れた。私は半分こにした自分の分だけを持って、試食のためにスタッフルームへ移動する。

 誰もいないスタッフルーム。なんとなく手持ち無沙汰だったので、ロッカーから自分のスマートフォンを取り出してチェックした。彼氏からメッセージが届いている。内容を確認すると、明後日は都合が悪くなったので会えないと書かれていた。ああ、またか。私は「了解」とだけ返信した。鼻先に別れの匂いが漂う。光さんが早くパフェを食べに来てくれればいいのにと、思う。

 私は恋人が出来ても長続きしないタイプだった。今付き合っている彼とも三か月くらいだ。これでも長い方に入る。なんとなくいい感じになって、お互いの気持ちが同じであることを嗅ぎとったら、あとはひとことふたこと言葉を交わすだけで恋人同士になれた。私のことを好きになってくれて、私も彼のことを好きになって、同じ時に同じようにお互いを求めて。これはもう運命なのでは? なんて期待をしては、数か月と経たない内に運命でも何でもないことを思い知らされた。

(運命の出会いとか、赤い糸とか、私にも何かそういうのがあったらいいのに)

 そんなのないない。頭の中にいるもう一人の自分が呆れたように否定する。はいはい、わかってますよ。現実を見ろってことでしょ。パフェ、溶けそうだからもう食べるわ。

 光さんと作ったティラミスパフェをスプーンで掬う。口の中へ運ぶと、甘さとほろ苦さが口内に広がり、舌の上で溶けるバニラアイスの冷たさが心地よかった。いつの間にか雑念はどこかに姿を隠し、私はただただ美味しさにうっとりしていた。

「はぁ……おいしい……」

 ひと口、もうひと口とパフェを口に運ぶ。光さん、早く来て。この美味しさをリアルタイムで共有出来なくなっちゃう。

 スタッフルームのドアが開く。光さんだと思ってぱっと顔を上げたら、入ってきたのは水沢だった。

「佐伯さん」
「なに?」
「光さん、椿と作業代わったから試食はもっと後になるっぽい」

 そんなの、知ってたよ。

「そうなんだ」

 誰も悪くないんだけど、やっぱりがっかりしてしまう。水沢はそのあとロッカーの方に行くと、ガサゴソと何かをしてまた戻ってきた。

「これ」

 水沢が近づいてきて、テーブルの上に何かを置いた。

「光さんから」

 そこには、あめ玉がふたつ置かれていた。私は「えっ」と声をあげ、思わず吹き出した。駄菓子屋でよく見かけるシュワシュワするタイプのあめ玉だったから。しかも、私が好きなグレープ味まである。

 私は、もう、光さん、好き! と言いそうになるところを、水沢の手前なんとか押し込めて、「嬉しい〜」と喜ぶに留めた。そう、本当はもっと手放しに喜びたかったんだけど、頑張って自重した。

「佐伯にごめんって言ってたよ」
「いいのに、別に」
「懐かしいもの食べてるんだね、光さんって」
「小学生の頃よく食べてたよね、こういうの」
「佐伯が喜んでたって伝えとく」
「よろしく〜」

 水沢が去って私の前には、食べかけのティラミスパフェと、サイダー味とグレープ味のシュワシュワするあめ玉だけが残った。

 以前、光さんとあがり時間が一緒になった時に、このあめ玉を見たことがある。

「それ、あわ玉ですか? 懐かしい〜!」
「そう、それ。うちの近所に駄菓子屋があってさ。何年か振りに友達と入ってみたら、小学生ぶりにまたハマったんだよね、これに」
「私グレープ味が好きでよく食べてました」
「ああ、美味いよね。俺はサイダー派」 

 そんな他愛ない会話のやり取りをしたことを思い出して、私は指先でグレープ味のあめ玉をつんと突いて転がした。

「覚えててくれたんだぁ……」

 顔が、どうしたってにやけてしまう。そうして、ふっと思うのだ。光さんみたいな人が、彼氏だったらいいのに、と。

 絶対無理だけど。だって、今のこの感じが私は好きだし。光さん今は彼女がいないらしいけど、大学生だし、年下に興味なさそうだし。それに光さんは憧れだからちょうどいいのであって、もし仮に、万が一私とそういう風になったとして、その先に別れが待ってたりしたら、気まずくなって、バイトを辞めたくなって、接点までなくなってしまう。そんなの、嫌に決まってる。

(どこかにいい人、いないかなぁ……)

 溶けかけのバニラアイスが視界に入り、私は再び食べかけのティラミスパフェと向き合う。

 まだ、十七歳。きっとこれから、出会うはず。そう、自分に言い聞かせた。





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<あとがき>

ここまでお読みくださりありがとうございます。
素敵な恋がしたい佐伯さんの話でした。

学生の頃、バイト先にはさまざまな年齢の人がいて、いろんな刺激があって楽しかったことを思い出します。

この話はフィクションですが、あの頃関わった人々や空気を思い出しながら書いています。

とあるファミレスを舞台に、水沢くんとそれを取り巻く人々の連作短編を今後もマイペースに更新できたらと思うので、よろしければまた見てくれると嬉しいです。

↓これまでの話は下記にまとめてます。

お付き合いありがとうございました!

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