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海を見に行く

アルバイトに行って、いつものように家に帰ろうとした時、ふとまだ帰りたくないと思った。今日は風が気持ちよくて、空が真っ青で、入道雲がもくもくとしていて、このまま家に帰ってしまうのはもったいないような気がした。住んでいるマンションの前の横断歩道を渡らずに左に曲がった。海に行くことにした。

大学2年生の春に初めてこの海に来た。緊急事態宣言が出て暇を持て余し、海まで行ってみようと思い立って歩いて行った。それまでそんなに海の近くに住んでるなんて知らなかった。Googleマップで調べて40分歩けば行けるとわかったその日に歩いて行った。道の傍にはずっと田んぼと森が続いていて、自然豊かなところを散歩している!とわくわくした。柱から大きな鳥のような飾りがぶら下げられていて、風が吹くとぐるんぐるんと旋回していた。Googleマップに教えられた道はずっと川に沿っていた。たどり着いた海は、川の終点だった。川と海ってほんとうにつながっているんだと、海のない街で育った私はとてもうれしくなって、海のない街に住んでいる両親に得意げに報告した。

今日は自転車を漕いで行った。もう川に沿っていけばいいと覚えたので何も見ずに行ける。川と海の境目の近くにはちょっとした砂浜がある。少し自転車を止めて歩くことにした。砂浜を歩く用の靴ではなかったから、砂まみれにならないように、ふかふかすぎないところを探して慎重に歩いた。上手に歩けた。陰になっている段差を見つけたのでしばらく座って海を眺めた。ここはふるさとではないけど、こんな時間を知っている自分がいるのは良いことであるような気がした。

海に満足したので、砂浜の近くの、ずっと行ってみたかった海鮮のお店でご飯を食べた。海が好きそうなお兄さんに、海が見える窓側のテーブルに案内してもらった。海鮮丼を食べるつもりだったけど、店員さんを呼ぶボタンを押してからごまさば定食をメニューに見つけてしまったので、ごまさば定食を頼んだ。福岡に来てごまさばに出会って、好きになった。甘い醤油とごまとネギと海苔がかかったサバにわさびをつけて食べるととてもおいしく魚を食べているような気がして幸せな気持ちになる。ゴマサバという名前の魚が別にいることは初めてごまさばを食べさせてくれた人に教えられた。来年から食べられなくなると思うと、ごまさばをメニューに見つけると頼まないといけない気持ちになってしまう。

ごまさば定食が運ばれてきて、食べながら海の方を見ると、海に足を浸して立っている大きな鳥がいた。足の下の方は水の下にあって見えなくて、首が長くて、キリンみたいなシルエットをしていた。キリンみたいな鳥は大きな波が来ても、周りを小さな鳥がぴよぴよと走り回っても、ずっと静かに立っていた。定食を少し食べ進めるたびに、鳥がまだいるか確かめた。大きな鳥は、わたしが店を出るまでそこにいた。

ひとりで海に行って、ぜいたくしておいしいものを食べるなんて、なんだか失恋したみたいだと思いながら、また自転車を漕いで、今度こそ家に帰った。カナカナとセミが鳴いていた。


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