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8. William Maxwell The Folded Leaf Vintage

ご多聞に漏れずサリンジャーのことは大好きで、年に一度くらいは思い出し「若者たち」と「ナイン・ストーリーズ」を読み返す。グラスサーガはさっぱりだが、ホールデン物や、特にGladwaller物の三作が好きで、あまりの思い入れの強さゆえ、英文をインターネットのサイトから抜き出してコピーで自作本を作ったことがある。去年、新潮社からそれらをまとめた本が出たのは本当に驚いたが、それまでは荒地出版と角川文庫で読めるのみで、それを知って読んでいるのは古本好きの役得のような気がしていた。角川文庫の二冊はずいぶんと探したものだけれど。
ただ、サリンジャーの困る点はグラスサーガを好きになれないと読める本が四冊しかなく、存在が唯一無二過ぎて横に広がっていかないことだ。例えばヘミングウェイが好きなら、ロストジェネレーション周辺の作家を読む、同時代のフランスの作家を読む、第一次世界大戦関連の本を読む、スペイン関連の本を読むなど、数珠繋ぎに読書を続けていくことができるが、サリンジャーを好きになったとしても、ライ麦畑に出てくる「アフリカの日々」やラードナーは必読本としても、他にはニューヨーカー作家を読むくらいしか広げることが出来ないように思える。その点やはり村上春樹は強く、サリンジャーの翻訳者としての村上春樹にいけば、その後の読書は無限に広がっていく。
ニューヨーカー作家でいうと、アメリカ文学好きの古本好きには目にする本がいくつかあり、それはつまり常盤新平さんということになるが、決定版としてはやはり早川書房の三冊もののニューヨーカー短編集だろう。僕もわりと早い時期に手に入れて、外国文学本の入れ替わりは激しいのだが、これは脱落せずにずっと持っている。これでしか読めない作家がいたり、色々と読むなかで名前を知った作家のことを調べていてふとこの本を開くとふいに載っていたりする。ニューヨーカー短編をまとめた本はたくさんあるが、これ以外はだいたい似通った内容が多く、そのなかでも貴重な一冊になっている。
ニューヨーカーという雑誌への憧れは強く、それだけで読む価値があるような印象があり、常盤新平さんのニューヨーカー関連の本もいくつか持っているが、実はこのニューヨーカー短編集を通読したことはない。パラパラとページをめくり、気になった作品をいくつか読むにとどまっており、読んでもそれほど印象に残らないものも少なくない。僕にとってはサーバーやチーヴァー、オハラにそんな印象があるが、あまりに技巧的な気がして結局何が書いてあるのかわからないことがある。それはもちろん僕に原因があるのだろうけれど。
そのなかでもこれは自分だけの作家と思う人がいて、それがウィリアム・マックスウェルだ。ニューヨーカー短編集には「帰郷」と「愛情のパターン」の二作品のみ載っていて、特に前者は好きな一編で、クリスマスが近づくと必ず一度は読み返す。主人公の男には、故郷の町に仲が良かった夫婦がいて、その奥さんの方がその年に若くして亡くなり、気が重いなかでクリスマスに帰郷しその夫婦宅を訪れる。そのとき家にはまだ小さい一人息子と家政婦しかいなかったが、家に上がらせてもらい、その息子としばしの時間を過ごす。それだけの話だけれど、主人公の回想の仕方や、息子と打ち解けていくやりとり、友人が帰ってきた後の終わり方など、本当に上手い。男二人女一人の友人関係の短編はアーウィン・ショーでもあった覚えがあるが、その不在を見せることでより切なさが増す気がする。
この二編が好きなあまり、他の作品も読みたいと調べたが日本ではこれしか訳されておらず、仕方なく紀伊國屋書店のサイトで分厚いライブラリーオブアメリカの一冊を取り寄せて買った。Early Novels and Storiesと銘打って、50年代までの長編と、代表的なのか全てなのかの短編を収めた約1000ページの一冊になっている。ただ、やはり読むのは難しく、それぞれ拾い読みする程度になっている。
そのなかにも入っているのがこの「The Folded Leaf」で、なぜ先にサリンジャーに触れたかというと、戦争を扱う小説の中でサリンジャーが唯一評価したものと何かで読んだことがあるからだった。そのなかでは「たたんだ葉」となっていた覚えがあるが、それでサリンジャーとマックスウェルは僕のなかでは関連している。
神保町を訪れるときは、地下鉄の専修大方面の出口から出て靖国通りを東に歩いていくが、最初の方にある洋書の小川書店は店頭だけを眺める。ある日も同じように店頭に出ている箱を見たら、良さそうな古めのペーパーバックが並んでいた。何かあるだろうと見ていたら、果たしてこの本があった。神保町でも「The Folded Leaf」だ!と喜ぶ人間はその時僕くらいしかいなかったはずで、かくしてこの本は自分だけの本だと思うものになった。

#本 #古本 #ウィリアムマックスウェル #サリンジャー #常盤新平

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