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9. トバイアス・ウルフ ボーイズ・ライフ 中央公論社

未知な作家の本と出会ったとき、何を基準にして買えばいいのかはとても難しい。元々、小説やフィクションそのものが好きなわけではないので、内容に惹かれて本を買うということはほとんどなく、基本的には好きな人を追うなかで、その関連性として新たな作家の本を買っている。ただその関連性を知らないからこそ未知の作家なのであって、先に知っていれば未知ではない。だからこそ、ピンとくる本に出会った場合は、作家紹介の欄やあとがきなどを読み込み、買うべきか買わざるべきかを判断する。
この本も、トバイアス・ウルフをまったく知らないなかで、千駄木の古書ほうろうで出会い、同じ作者の短編集「バック・イン・ザ・ワールド」と二冊並んで100円均一の棚にあった。均一本なら迷わず買えばいいと自分でも思うけれど、どちらもハードカバーでそれなりの厚みがあり、古書ほうろうではたいてい欲しい本が何冊かあるため、店を見て回る最初の方の均一の棚で手に取るべきか迷った。また、100円の本というのはよほど持っていたい本でないと、パラパラと見た後すぐに手放す群に入ってしまうため、100円の本こそ選定に頭を悩ます。
ともかくボーイズ・ライフというタイトルと、中央公論社の90年前後の翻訳物ということに心を惹かれた。けれど、二冊のあとがきなどを確認しても興味がある範囲のものか判断がつかなかった。ここで知識の無さがわかるのだが、このときにはすでに村上春樹編訳の「恋しくて」は出ており、トバイアス・ウルフの一編も収録されていたのだった。食わず嫌いをしているとそういうことになる。そのことを知っていれば喜んで買ったのだろうが、この本の訳は飛田茂雄で、買う後押しにはならなかった。それでも、その飛田茂雄は村上春樹の翻訳の最初の先生のような人であったということもこのときは知らず、後で知ることになるのだけれど。
そのように翻訳小説を買うきっかけに大いに貢献しているのは翻訳者であることは間違いない。それでもこの翻訳者ならどれでも好きという経験もないため、参考にしているようでしていないのだが、文章の好みでの判断材料にはなる。自分の好みで言うと、地の文がしっかりしつつ饒舌過ぎない文章が好きで、例えば柴田元幸のポール・オースターやスティーヴン・ミルハウザーは読めないが、スチュアート・ダイベックは大好きだ。ただ、柴田さんは自分が翻訳したなかで一冊を選ぶなら「シカゴ育ち」というから本当に信頼が置ける。
それで他の材料では判断がつかなかったので、いくつか文章を拾い読むとはっきりと自分の好みだったから、迷いながらも二冊とも買って帰った。「バック・イン・ザ・ワールド」は表紙デザインも悪く買うかどうかをより迷ったが、結局はこの短編集の方が内容は好みだった。その後は、先ほどの村上春樹やレイモンド・カーヴァーとの関連性を知り、邦訳された残る二冊も手に入れて満足するのだが、こう上手く行かない場合もあり、それはイーサン・ケイニンの「あの夏、ブルー・リヴァーで」だった。
柴田元幸で好きなもう一冊がイーサン・ケイニンの「エンペラー・オブ・ジ・エア」で、これは「あの夏、ブルー・リヴァーで」を買わなかった後に出会ったものだった。最初に「あの夏〜」を見たのは池袋の夏目書房で、トバイアス・ウルフの場合と同じく文章は好みだったが、他との関連性もあまり感じず、タイトルも狙い過ぎている感じがして、買うのをやめておいた。その後、柴田元幸に少し夢中になるタイミングがあり「エンペラー・オブ・ジ・エア」を手に入れて、その中でも「アメリカン・ビューティ」が特に好きな一編だった。その短編を長編に膨らませたものが「あの夏、ブルー・リヴァーで」と知ったときには、買わなかったことを心底悔しく思った。それから長い間探して、忘れかけていた頃にやっと出会えてほっとした覚えがある。
迷ったら買えというのは正しく、買う理由が値段ならやめておけ、買わない理由が値段なら買えというのも正しいけれど、そうもいかないのが趣味としての古本だったりする。

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