見出し画像

28. 伊藤整 近代日本の文学史 夏葉社

少し前に、坪内祐三「慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り」が講談社文芸文庫になったので初めて読んでみるととても面白く、明治から始まる文学の流れをより知りたいと思い、夏葉社の伊藤整「近代日本の文学史」も読んでみなくてはと思っていたところ、本郷三丁目にあった閉店間近の大学堂書店で見つけたことは前に触れた。
それで買ったその本をパラパラと読んでいると、ページの間に映画の半券が挟まっていて、その前に坂元裕二脚本の映画「花束みたいな恋をした」を観た自分には、まるで映画のなかの二人がすることじゃないかと思えた。映画では、お互いに好きなことや習慣が相手が自分ではないかと思えるほどに合致するなかで、映画の半券を読みかけの本の栞にしてしまうということにも同感し合うのだった。話のなかで二人が関心を持つ作家や作品は妙にリアルで、もし二人が現実にいるとする並行世界では、いつかこの本に辿り着き、変わらず映画の半券を挟むこともあるように思えるが、果たして挟まっていたのは3D吹替のミニオンズで、現実にはそんなにうまく似合いそうな映画の半券は挟まっていない。けれど二人が結婚して子どもがいる世界では、その家族で観る映画はミニオンズということもあるのかも知れない。
本の世界には、そんなもしもの並行世界がいくつもあるような気がして、この本を初めて目にしたときのことを懐かしく思い出していた。夏葉社の本を最初に認識したのは春日にあったあゆみブックス小石川店で、入って左の文芸棚に置かれているのを目にし、カバーのない布クロス装や継ぎ表紙の「昔日の客」と上林暁の短編集の出来に驚いたものだった。それと並んでいたのがこの本で、簡素だけれど、用紙の選定、サイズと厚さのバランスに関心し、それでも初めて夏葉社の本を手に取るのは「冬の本」の登場を待つことになる。「近代日本の文学史」の初版は2012年とあり、目にしたのも出てすぐだったと思うが、そのころの自分は何に興味を持っていたのだろう。
思えば自分の興味関心はよく通う書店によってつくられていて、東京に出てきてすぐによく行った新宿南口のルミネに二店舗もあった青山ブックセンターでの東京らしいカルチャー周辺の本から、渋谷の今はH&Mになっているブックファーストでの植草甚一さんから繋がるアメリカ文学や外国文学へと移っていき、それからは古本中心になっていったが、あゆみブックス小石川店にはよく行き、入ってすぐの特集棚にはずいぶんと興味を惹かれた。その中心だった方が数年前から同じ小石川の地でこじんまりとした新刊書店をやられているが、やはり好みとしては大型書店に足が向いて、店内を歩き回って興味のある本を手に取り、その周辺の本にも目がいったり、こんな本が出ていたのかと思ったりするなかで興味が広がり深くなっていく。
もし、それらの書店に当時並んでいた別の本に関心を持ってそこから広がっていったとすると、今ごろはどういった本を読んでいるのだろう。それでも本というのは、そのとき手に取らなかった本にも、既刊本や古本で、または図書館でもいつでも出会い直すことができて、またそこからいくらでも広げていくことができる。この「近代日本の文学史」を手に取ったことによって、そのときには手に取らなかったかつての自分とふいに出会い、現実世界と並行世界が交わったような気がした。

#本  #古本 #伊藤整 #坪内祐三 #坂元裕二

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?