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建築を学ぶ人のためのD2C

D2C(Direct to Consumer)が最近注目されています。

D2Cは簡単に言うと、「商品を製造する業者が、流通業者などを介さずに直接消費者へとどけるビジネスの形態」です。

E-コマースが盛んになる中で、オンラインのシステムを用いて自分たちが作った商品を直接ユーザーに届けるデジタルネイティブの申し子的なスタイル。オンラインでさっと注文できてすぐ届く。

さて、D2C企業が既存のマーケットのありようを大きく変える”Disrupter”として活躍している事例が増えています。具体例としてはスーツケースを中心に販売するAwayやメガネを販売するWarby Parker、寝具を販売するCasperなど。

例えばCasperはマットレスを売って二年目くらいで売上100億。アメリカだとマットレスの市場規模は20兆円くらい。Casperは、届けるときには小型冷蔵庫くらいのサイズに圧縮してマットレスを届けるらしい。都心に住んでいて、大きなマットレスでは部屋に運び込めないような若者を対象にしています。ここではユーザー体験と開発が表裏一体化していることに注目できます。

オンラインから初めて徹底的に無駄をなくしていくD2Cですが、いくつかのブランドの注目すべき特徴として「リアル店舗を持っていること」と「リアルな雑誌をもっていること」があります。つまりオンラインでの効率的な仕組みの構築から始まるのだけど、あるタイミングでリアルなところへ出ていく。

というのも、オンラインで商売していくより、あるタイミングではオフラインのショップをもった方がコストに対して効率がよくなるらしい。おおよそ目安は売上10億くらいらしいです。

また一つには、ディスプレイなどで伝えきれない世界観やコンセプト、ブランドのカルチャーなどを伝える場としてリアルな空間があるとも考えることができるでしょう。

僕は建築を専攻しているので「えっ、オンラインだけじゃないんだ、リアル店舗も大事なんだ!」と気になりました。もともとAmazonのシアトルでの街づくりやGoogleの事例など、オフラインとオンラインの絶妙な融合には常に興味がありました。オンラインで世界を制した企業が、堂々とオフラインに降り立ってくる。この構図は今後ますます強くなると思っているのです。その両方がどう混じっていくのか知りたい。ここではD2Cのリアル店舗のポイントについて、僕なりに考えてみます。

(1)D2Cのリアル店舗の位置づけと建築設計

D2Cはリアル店舗をもつことも多いです。そこでは「空間としてどう世界観やコンセプトを表現するか」の重要性が高まると考えられます。

これまでショップはあくまでショップであったので「売り場面積」のような原理はかなり重要でした。しかし前述したとおり、オンラインで全部購入から配送まで全部できます。そのシステムでは店舗に余計な在庫も必要ありません。試すことのできる程度のストックがあればいいのです。

つまりショップの役割は「モノを売る場」から「体験の場」に完全にシフトするので、そこではブランドの世界観やカルチャー、コンセプトを空間として明確に表現されることが重要であると考えられます。

オフライン店舗を持つのは契約や什器の準備など煩雑なことが多いですが、近年ではUppercaseという企業がD2C企業のオフライン進出をパッケージで請け負っており、オンラインからオフラインへの進出を促す生態系が醸成されつつあります。出店場所などはSOHOなどが多いですが、Google Mapを使っていれば、表通りに面しているか裏に一つ入っているかなどほとんど関係がないので、裏通りに出店されることも少なくなく、外観から見てもそれとはわからないケースも多いです。

そうしたオンラインとオフラインのバランスを踏まえたうえでの建築家のコミットメントが重要になるでしょう。

(同時に、商売の効率性という観点からも。売り上げがおよそ10億円を超えたところで、オンライン広告で顧客を獲得するよりもCAC(Custmer Acquisition Cost)がオフラインのほうが効率がよくなるため、店舗を持つことが優先されます。)

(2)オンラインによるフィルター

上の事例でもみたように、オンライン→オフラインという流れは「本当にリアルに必要なものは何か?」という問い直しにもなります。オンラインというフィルターが掬いきれないものを拾いつつ、膨らませていく作業が空間設計の今後といえます。

そもそも、オフラインとオンラインの話はきわめて密接に紐づけられたうえで建築の議論はされるべきだと思うのです。さまざまな場での議論はどこかオフラインに偏重している感がある。D2Cはまずオンラインから初めてオフラインへとでていく。Googleの都市づくりやAmazonのシアトルの事例でも同じ構図をみることができます。

一方で、都市には、効率性や経済性の価値基準に乗らないものも必要です。Sidewalk labの事例では4割くらい都市の無駄を削減できるらしいですが、誰もが効率的なだけの都市に住みたいわけじゃない。Sensuas cityの「いい都市ランキング」の評価軸には「不倫できるか」などもある。たくさんの不合理やそれを助長する雰囲気もときには重要だと思います。

(3)コミュニティの表出と価値観

D2Cでは「コミュニティ」がキーワードになっています。D2Cの注目ポイントとして「ある一定の規模間で、特定の価値観が醸成される場」としての価値がすごく重要です。これまでのフォーマットには乗らなかった価値観の醸成と、そこから生まれる空間原理に注目するべきでしょう。

ブランドの世界観やコンセプトを明確に伝え、SNSを通してうまくユーザーと価値観を共有し、ブランドを核としたコミュニティを作り上げることが多いのです。

これはしばしば、「D2C企業はメディア企業になりたがっている」という言葉で表現されます。

D2C企業はメディア企業となって人々に対する発信力をもつとともに、SNS上でインタラクションし価値観を醸成していくことで、最終的なプロダクトの販売につなげているのですが、これは一方向の発信だけでなく、双方向の発信が重要であるという意味で従来の広告とは異なります。

そのための具体的な手法として、D2C企業が本当に「リアル」な雑誌を発刊しています。

前述したAWAYは、プロダクトの開発が間に合わず雑誌を先に販売した。これがあまりによくできていたので品薄になるほど売れ、プロダクトを販売する前に世界観をある程度共有できたユーザー層が存在しました。

このようにして生成されるユーザーの集団が「コミュニティ」として取り上げられていて、AWAYの投稿をユーザーが行い、共感した人同士がつながることが増えており、ブランドは徹底的にそのための戦略を仕掛けています。この考え方は近年話題のWeWorkやAirbnbでも同様でしょう。

コミュニティという言葉をひとつとっても、オフラインコミュニティだけを考えるのは相当意味がない。そしてオンラインのコミュニティを「SNSの話でしょ」と安易に考えるのも間違いだ。様々な思惑とサービスが入り混じって発生しているのがオンラインのコミュニティの実態です。

例えばFabric TokyoならぬSM Tokyoがあってもいい。「あなたたちだけのSMの関係を提供します」みたいな。そこはモノや提案を売る場であり、ある種の風俗でもあり、ものづくりの場であり、プライベートな対話の場でもある。僕はD2Cストアのなかで、そこにどういう新しい価値原理が生まれ、生まれた価値を醸成していく場ができるのか、というところにすごく興味があります。

コミュニティも、オンラインコミュニティとオフラインコミュニティの両方をセットで考えていくべき時代です。

(4)AWAYの可能性

D2Cのストアが「ショップ」という「ものを売るべき場」というイメージからはやく逃れるとき、どのような可能性が開けるか。

スーツケースを販売するAwayは、自らの事業領域を「旅」であると定義しています。彼らはスーツケースをデザインしているのではなく旅そのものをデザインしているのであり、どういう旅を理想的と描いているのかさまざまな角度から伝えるにあたって、ディスプレイだけでは伝えきれないことも多い。そこでリアルな体験の場をつくり、その世界観を伝えるのです。

それならばAWAYのストアは、ショップでなくて「旅の拠点」であってもいいと思うのです。スーツケースのユーザーが使いやすい観光案内所みたいなものとか。むしろそこでふるまう旅行者こそがディスプレイされ、世界観をつくる要素としてみられてもいいでしょう。

AWAYユーザーは無料で使うことができ、そこでの行為やふるまい自体が街やほかの旅行者に対しての宣伝(ディスプレイ)となるコミュニティサロンが各地に点在していたら?もしスーツケースを「いい!」と思った人がいれば、少し試してすぐにオンラインで購入できます。

そうなったときに、AWAYのオンライン戦略も「どうやってそのショップにきてもらおう」から「どうやってその地方にきてもらおう」へと移ってもくるはずで、そのあたりの地域とストアの相互交流の可能性に注目していくべきだと思います。

また、Warby Parler(メガネのD2C)は、図書館の司書さんがかけるような世界観を想定しているらしい。ショップには本棚があったりする。それならばもうショップを作らず図書館をつくるのがいいのではないかと思うのです。図書館の本棚のすきまの空間の雰囲気とかあるといい。眼鏡もかけられる。本よりむしろちょっとコスプレというか、図書館でのふるまいを提供する。そこでのふるまいの体験が、「メガネをかけたい」という「~したくなる場」をつくる。

(5)入力としての体験と出力としての体験

空間でいう「体験」を「~できる場」とだけみるのは視野が狭い。むしろ「~したくなる場」という考え方のほうが重要だと思うのです。

サッカーの日本代表戦をスタジアムで観戦したときは、試合後子どもたちが狂ったように夜遅くまでスタジアムのそばでプレイしていた。スタジアムでの体験は強烈なおあずけであり焦らしになっている。「俺も蹴りたい」という気にさせるリアル空間ならではの強烈な「入力」が、スタジアムにはある。

サッカーできる場(出力)<そのまえにサッカーをしたくなる場(入力)。それを広告がしてきたのかもしれないけど、むしろ空間の体験の中でこそつくっていくことに価値がある。

まとめ

ここでは空間設計の可能性に注目しました。ビジネスとしてのさまざまな面白いポイントはほかにもたくさんあります。重要なのは、呼吸するようにオフラインとオンラインを組み合わせて思考すること。同時にそれぞれの差異を明確に見極めつつデザインすることではないかなと思います。そのうえでD2Cで重要なのはコミュニティ。つまりある一定の規模感をもって特定の価値観が醸成されていく。ビジネスという関係性と、コミュニティという関係性、さらには人々の生活が、オフラインとオンラインを通して複雑に入り混じっている。そうした状況を整理し、よりよい暮らしを作っていくために、もっとD2Cについての思考を深めていきたいと考えています。

さらにD2Cについて

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