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質的研究のための学術論文執筆基準(1):方法論的整合性

はじめに

アメリカ心理学会(APA)から公表されている「質的研究のための学術論文執筆基準」(Journal Article Reporting Standards for Qualitative Research,以降,「質-JARS」とします)について紹介します。

今回紹介する本はこちら
Levitt, H. M. (2021). Reporting Qualitative Research in Psychology: How to Meet APA Style Journal Article Reporting Standards, Revised Edition as publication of the American Psychological Association in the United States of America, 能智正博・柴山真琴・鈴木聡志・保坂裕子・大橋靖史・抱井尚子(訳)(2023)『心理学における質的研究の論文作法:APAスタイルの基準を満たすためには』,新曜社.

「質-JARS」では,論文のセクションごとに,そこに含めるべき情報の内容と,著者へのアドバイス,査読者への注意が表でまとめられています。
例えば,下の図1は「知見/調査結果」のセクションの例です。

図1 「質-JARS」の一部(知見/調査結果)(p. 11)

(査読者への注意がきちんと書かれているところが面白いですね。)

このように「質-JARS」は,論文のタイトルから考察セクションに至るまで非常に広範かつ詳細な基準となっています。
なので,複数回に分けて「質-JARS」についてみていきたいと思います。
今回は,「質-JARS」のなかでも「方法論的整合性」(methodological integrity)に焦点を当てて紹介します。

なんで質-JARSなんて読むのか

私の所属している日本理科教育学会から発行される『理科教育学研究』では,(なぜか)引用についてだけAPAスタイルに準拠するよう求められています。
また,日本科学教育学会の『科学教育研究』では,ウェブサイト上に論文審査の観点として「適切な手続き,方法がとられている」などの規準が掲載されていますが,「何がどうであったら適切なのか?」についてまで踏み込んではいません。
もちろんこのようなグレー(曖昧?)な規準が多種多様な論文を受け入れる土台にあることは理解していますが,論文の品質を向上・担保させる観点から,質-JARSに学ぶところは大きいでしょう。
今回から「質-JARS」について学ぶことを通して,これらの雑誌を含めて,質的研究の論文執筆および査読の基準について(勝手に)作って,提案していけたらいいな~と夢想しています。
質的研究の幅広さ,奥深さを理解しつつも,「質的研究,みんな違ってみんないい©️金子」にならないよう,研究者間で対話するための共通の基準を模索していくことは大事なんじゃないか,と思っています。

1.「方法論的整合性」とは

早速ですが,「方法論的整合性」についてみていきます。

  • 方法論的整合性(methodological integrity)は,厳密性を判定するためのもっとも効果的な基準の1つです。

  • 方法論的整合性という用語は,信用性(trustworthness)の基礎となる方法論的基盤を確定するために提唱されたものです。
    (研究者は読者に研究の方法や結果について信用してほしいと考えますが,その信用性の根底に関わる用語だということ)

  • 方法論的整合性は,題材への忠実性(fidelity of the subject matter)と研究成果の有用性(utility of research contributions)から構成されます。

  • 忠実性と有用性の概念は絡み合ってはいるが,別の概念です。

  • 忠実性と有用性を高める手続きが用いられていることを述べるだけでなく,そうした手続きの使用が一貫していたかどうかを明示する必要があります。

  • 方法論的整合性を示すときは,以下の点に留意することが求められます。

分析から得られた主張が根拠あるものだということを示す。方法論的整合性(つまり忠実性と有用性)を高める手続きは,通常は論文中の関連するセクションにまたがって述べられるが,詳しく説明・強調することが有用な場合には,独立のセクションで取り上げることもできる。

p.26

やはり読者に信用してもらいたいなら,題材に忠実な研究アプローチ,方法を採用するとともに,得られた結果がいかに有用であるのかをきちんと訴えるしかないのですね。。。

2.題材への忠実性

  • 題材への忠実性は,①忠実性に適したデータ,②データ収集における視点の管理,③データ分析における視点の管理,④根拠づけの4つの側面から構成されています。

  • 題材への忠実性の諸側面について報告するとき,以下の点に留意します。

・研究設問・研究の目標・探究アプローチに最も関連する多様性の形を捉えているのかという観点から,データの適切性(adequacy)を評価する。
・データ収集とデータ分析の両方において,(たとえば,データ収集への影響を制限するため,分析を構造化するため,など)研究者の視点がどのように管理されていたのかを記述する。
・知見がエビデンスに根ざしていることを例証する(たとえば,引用や抜粋を用いる,データ収集における研究者の関与を記述する,など)。

p.28

どれも当たり前のことのように思えますが,こういう当たり前を当たり前のように書いてある論文が査読を通っていくのでしょうね。。。

  • 題材への忠実性は,その構成要素である①忠実性に適したデータ,②データ収集における視点の管理,③データ分析における視点の管理,④根拠づけの4つの側面から査定することができます。

  • これらの側面の評価や報告方法は,以下の表のようにまとめられます。

表 題材への忠実性

私見
③④データ収集・分析における研究者の視点の管理は,量的研究手法を採用した論文ではあまり見られない記載事項ではないかと思います。
客観性を標榜せず,特定の立場に立つ研究者から見えた風景を描き出す質的研究においては,特にこれらの事項をきちんと論文中に書くことが大切でしょう。
今書いている論文,書き加えなきゃ。

3.研究成果の有用性

  • データ収集および研究者が選択した分析の手続きの適切さは,研究成果がどれくらい役に立つかという点から評価できます。

  • 研究成果の有用性は,①文脈化,②洞察への促し,③有意味な貢献,④首尾一貫性の4つの側面から構成されています。

  • 研究成果の有用性の諸側面を報告するときは,以下の点に留意します。

・研究の貢献が洞察に富みかつ有意義なものであることを示す(たとえば,最新の文献や研究目標との関連性を示す,など)。
・研究知見に関連する文脈情報を提供する(たとえば,インタビューの抜粋を引用する前に,必要に応じて研究の設定,研究参加者に関する情報,質問の言葉を示す,など)。
・データに含まれる矛盾や反例が理解できるよう,首尾一貫したやり方で知見を提示する(たとえば,矛盾を調整する,結果に矛盾が含まれる理由を説明する,など)。

p.31
  • 研究成果の有用性は,①文脈化,②洞察への促し,③有意味な貢献,④首尾一貫性の4つの側面から査定することができます。

  • これらの側面の評価や報告方法は,以下の表のようにまとめられます。

表 研究成果の有用性

私見
こちらも,書かれてみると当たり前のように思えるが,実際に論文に書くことができているかと言われたら,ごめんなさい。です。
上記4つはどれも重要なことです。
例えば,文脈化については,時代や文化,場所によって変化すると考えられるテーマを扱う質的研究においては,文脈からデータを切り離して解釈したり記述したりすることは忌避されるべきことです。
上記4つについて,いかに書き,伝えるのか,難しいですね。
「質-JARS」を確認しながら,訓練あるのみでしょうか。

おわりに

今回の記事では,「質-JARS」のうち,「方法論的整合性」に焦点を当ててその概要を紹介しました。
(私を含めて)若手の研究者は,できるだけ早い段階に,質的研究の論文に何をどこまで書くべきなのかについて知る必要があるでしょう。
しかしながら,多様な研究アプローチを採る質的研究において,共通した基準を設定するのがなかなか難しいでしょう。
今回の紹介した「方法論的整合性」の基準は,どのような研究アプローチでも論文の厳密性や信用性を判定することを目指したもので,多くの人にとって参照可能なものだと思います。

蛇足
『科学教育研究』や『理科教育学研究』においても,「方法論的整合性」を論文執筆の手引きや査読の観点に盛り込んでもよいのではないかと考えます。
冒頭で少し述べた通り,現在も「方法論的整合性」に類する観点等はありますが,「質-JARS」はより広範かつ詳細な基準になっていると思われます。
さらに,「データ収集・分析における研究者の視点の管理」については,私の知る限りどちらの雑誌でも,明示的な観点が欠けているのではないかなと考えています。(私が知らないだけだったらごめんなさい)
次回以降,「方法論的整合性」以外の「質-JARS」について見ていきながら,自分の所属する学会やよく投稿する論文雑誌で求められていることも併せて勉強していきます。

週1で記事を書くのはなかなか大変。

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