見出し画像

研究者のアイデンティティ:Castelló et al. (2021)の感想

研究者ってなんだろう。
研究者としてどうやって生きていこうか。

研究者やそれを志す人なら,一度は思い悩んだことがあるのではないでしょうか。
しかしなかなか答えは出ません。
今回の記事では,答えを出すための一つのヒントになるのではと,研究者のアイデンティティ(Researcher Identity)に関するレビュー論文を紹介します。

紹介する論文はこちら:
Castelló, M., McAlpine, L., Sala-Bubaré, A., Inouye, K., & Skakni, I. (2021): What perspectives underlie ‘researcher identity’? A review of two decades of empirical studies, Higher Education, 81, 567-590.

雑誌名は『Higher Education』なので,高等教育領域の研究です。
タイトルにもあるように,研究者アイデンティティに関する研究の前提となっている観点を整理した論文です。

要約(アブストラクトを機械翻訳して少し手直ししただけ)

背景:過去20年の間に、アイデンティティは、初期キャリア研究者の経験に関する研究を縁取る概念として浮上してきた。しかし、アイデンティティは不定形な概念であり、様々な方法で理解され使用されている。
目的:このシステマティックレビューは、研究者のアイデンティティという概念の裏付けを解明することを目的とした。
方法:最終的なサンプルは、過去20年間に査読付き学術誌に掲載された38の実証的論文である。分析の焦点は、(a)研究者のアイデンティティを定義するために使用される次元を特定すること、および(b)これらの次元に関連するメタ理論(研究の根底にある仮定;認識論や方法論と呼ばれるもの)を特徴付けることであった。
結果:メタ理論に関連するアイデンティティの次元の変化に基づき、研究者のアイデンティティに対する4つの異なるスタンス(クラスター)を特定した。(1)アイデンティティ間の移行、(2)アイデンティティの継続と変化のバランス、(3)時間を通した個人的アイデンティティの発展、(4)個人的で安定したアイデンティティである。これらのスタンスには、研究者アイデンティティの概念に関する示唆に富むニュアンスや複雑な概念化が盛り込まれており、例えば、メタ理論は研究者アイデンティティのスタンスを特徴づけるには不十分であった。
貢献:本研究の貢献は、研究者アイデンティティの4つの特徴を区別できるようになったこと、もう1つは、4つの次元が、過去の研究だけでなく将来の研究においても、アイデンティティの特徴づけに役立つ可能性があることである。
今後の課題:多くの疑問が残るが、おそらく最大の疑問は、どの程度まで、またどのような条件下で、アイデンティティが初期キャリア研究者の経験を理解するための生産的な概念となるのかということであろう。

メタ理論とアイデンティティの4つの次元

この論文では,メタ理論とアイデンティティの次元の2つの観点で収集した38編の論文を分析しています。

(1)メタ理論
この論文では,研究者の思考や研究を方向づける仮定や概念,より具体的には,知識に関する信念,方法論,妥当性の基準をメタ理論と呼んでいます。
一般的には,研究者がよってたつ認識論・存在論的な視点や立場のことです。
この論文では,メタ理論を片側の極を実証主義,もう一方の極をポスト実証主義とする軸で整理しています(論文p. 574,Table1)。
実証主義側からポスト実証主義側に向かって,認知主義,連合主義,批判的実在論,解釈主義/構成主義,変革的(Transformative)の順です。

(2)アイデンティティの4つの次元
この論文では,研究者アイデンティティに対するスタンスを4つの次元で分析しています。
1つ目:個人的 vs 社会的(Individual versus social)
2つ目:安定性 vs 流動性(Stability versus dynamism)
3つ目:単一 vs 多重性(Unity versus multiplicity)
4つ目:思考 vs 行動(Thinking versus action)

研究者アイデンティティに対する4つのクラスター

上記のメタ理論と4つの次元でそれぞれの論文を分析した結果にもとづき,38編の論文を4つのグループに分けています。

(1)アイデンティティ間の移行
アイデンティティを社会的に構築されるものとして理解し,複数のアイデンティティ間の移行に焦点を当てている研究です。
例えば,以下の研究があります。
Pifer, M. J., & Baker, V. L. (2016): Professional, personal, and relational: Exploring the salience of identity in academic careers. Identity, 16, 3, 190-205.

(2)アイデンティティの継続と変化のバランス
(1)と同様にアイデンティティを理解しつつも,(1)とは異なり,移行には焦点が当てられておらず,3つ目の次元(単一vs多重性)で違いがあります。すなわち,単一のアイデンティティだけ,または,ある1つのアイデンティティから別のアイデンティティへの変動に焦点を当てている研究で,複数のアイデンティティが同時に考慮されることはありません。
例えば,以下の研究があります。

(3)時間を通した個人的アイデンティティの発展
アイデンティティを流動的で主に個人主導の,発達的で主体的なプロセスと定義している研究です。
例えば,以下の研究があります。
McAlpine, L., Amundsen, C., & Turner, G. (2014): Identity-trajectory: Reframing early career academic experience. British Educational Research Journal, 40, 6, 952-969.

(4)個人的で安定したアイデンティティ
アイデンティティを個人に特有なもので安定したものであるとみなす研究です。
例えば,以下の研究があります。
Baker, V. L., & Pifer, M. J. (2011): The role of relationships in the transition from doctoral student to independent scholar. Studies in Continuing Education, 33, 1, 5-17.

感想

(1)科学教育研究者の研究者アイデンティティに関する研究で引用できる。
実は現在,以下の科学教育研究者の研究者アイデンティティに関する研究を進めています。

荒谷航平, 小川博士, 小野寺かれん, 川崎弘作, 工藤壮一郎, & 三浦広大. (2023). ただ一人の科学教育研究者になっていく. 日本科学教育学会研究会研究報告, 38(2), 163-168.

この研究を研究者アイデンティティに関する研究領域に位置づけて,科学教育研究者って何者なのかを考えている最中です。
もう少しで投稿締切なのですが,noteなんて書いている暇あるのでしょうか。
もし論文が採択されたら,またそのことについてもnoteを書きます。

(2)メタ理論とアイデンティティの4つの次元は,自分の研究者アイデンティティを考えるときにも使えそうです。
ざっくりと言えば,4つ目の次元(思考 vs 行動)を使うと,「自分は,自分のことを研究者だと考えるから研究者なのか,それとも,学会で発表し,論文を書くから研究者なのか」といったことです。
研究者アイデンティティの概念は非常に複雑で,研究者によっていろいろな使われ方をしていることがこの論文を通してわかりました。
結局のところ,答えは出そうにありません。
近しい研究者のみなさんと,お酒でも飲みながら,どんな研究者でありたいかを語りたいですね。。。

今週は簡単でしたが,以上です。

土日に出張だったので1日遅れの投稿。来週は再帰性のことを書きたい(けど,そんな時間あるのか?)。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?