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日本の地域公共交通がICTを真に活かすには? ~危機意識編~

NICT Beyond 5G研究開発促進事業に採択され、ICTやデータを用いた地域公共交通の近代化に取り組むことになりました。遂行にあたり、危機意識と解決のアプローチについて、個人的な考えをまとめました。

後編「解決のアプローチ編」はこちら↓

業界風土がネックでICTの行き場がない

ICTの基礎技術だけが発達しても、適切な課題設定をし、現場・経営者・利用者・社会を味方に付け、効果的なソリューションを開発し、継続的に運用しなければ意味がありません。

私達は、地域交通分野でこのプロセスを阻んでいるのは、ICTの基礎技術そのもの以上に業界風土であると、歴史から学んでいます。

「OA化」「IT革命」で20年停滞

地域公共交通分野の仕事の多くは、事業者・行政どちらも、昭和の紙と会議、90年代のFAX・ワープロ・専用機器による「OA化」、2000年代の3G・メール・Excel・特注業務システムによる「IT革命」までで、ICTの活用が停滞しています。2010年代の4G・スマホ・チャット・クラウド・SaaSが入れば「新しい」とされるような状況です。

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連動しないハコモノの子守に追われる

例えばバス業界では、ダイヤ管理、労務管理、経路検索などのソフトや、ICカード、デジタコ、ドラレコ、バスロケ、乗降カウンタ、サイネージなどのハードが導入されてきました。しかしこれらは規制、補助金、他社動向を動機に個別に導入されることも多く、高額な割に、利用者増、業務効率化、経営判断のプロセスに有機的に結びついていないことがほとんどです。また、システムごとに管理端末が置かれ、データも共用や標準化がされておらず個別に入力や繋ぎ込みが必要など、運用がかえって現場を圧迫しています。

ICTは金がかかる割に効果の乏しい「金食い虫」と目され、産業の成長源として投資がされる状況にありません。

「帳票地獄」から抜け出せない

データ活用については、多くは紙の帳票、よくてExcelの、非公開・少量なデータの目視にとどまっており、2010年代・4G時代のビッグデータ・オープンデータ・AIの活用はほとんど進んでいません。現場は経験度胸、政策は限られた関係者の話し合いによって意思決定されています。

システムやデータは標準化されておらず、1800の自治体、数百の事業者における相互運用性は極めて乏しい状況です。とりわけ行政への申請や報告は紙ベースであり、事業者にも行政にも不幸な「帳票地獄」が続いています。そのため自治体や事業者の数だけ専門家を必要とする、属人的偶発的な課題解決プロセスが運用されています。

このような分野では、データやロジックに基づくオープンな議論はなされず、本来の意思決定の主人公であるはずの住民利用者の目や声は届かず、現場の知恵や熱意は埋もれています。世界中で開発されるICTを応用した技術も日本では導入できません。

競争・淘汰が乏しく貧しい官民が担い続けるインフラ

地域交通事業は、赤字基調のため新規参入は乏しく、地域独占性が高く営業テリトリーを越えた競争も乏しい産業です。独立採算が難しいものの、企業グループ内での内部補助や、行政による赤字補填がされるため、淘汰もほとんど起きません。

行政も、交通政策をテコに地域間で移住を競うような機運は乏しく、職員は短期の異動を繰り返すためテクノクラート(技術官僚)が育ちづらい環境です。議会においても、地元への利益誘導以上の政策論はめったに展開されません。

民間は赤字基調、行政は緊縮財政の中で、ひたすらコストカットに向かった結果、改善の投資に必要な資金も人材も失い、ジリ貧から抜け出せません。

そのため、前時代的なままの仕事が生活インフラを担い続けています。その結果、住民の利用と関心は公共交通から離れたままです。

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商業だけでも公共だけでも解決できない

昨今、ICTのメガベンチャーやスタートアップ、カーメーカー、大手鉄道会社等の民間資本による交通×ICTの研究開発は、自動運転や「日本版MaaS」の波に乗り加速しています。これにより大都市、長距離、観光などの黒字を目指した商業ベースの交通に関しては発展が期待されます。

一方で、地方の路線バスなどの生活交通は独立採算が難しい分野です。そのため日本以外では、行政が都市インフラとして公共交通を担うことが一般的であり、都市政策の一環として公共交通政策が実施され、スマートシティ・MaaS等の技術も公共の論理で開発が進んでいます。

ところが日本の地方生活交通は、赤字基調にもかかわらず商業ベースが基本です。そこに行政が、赤字補填、緩やかな交通計画、空白地・福祉・通学輸送などの形で関与するという、官民が交錯し混沌とした業態となっています。交通事業者からは「行政がカネを出さない、素人」、行政からは「ほぼ補助金運営なのに事業者合意が必要でままならない」と、課題解決の難易度が高くなっています。

自動運転が進めば、公共交通も事業形態が大きく変わることが予想されます。しかし都市部では大量輸送、地方部では福祉・通学輸送という公共交通の役割は変わらないでしょう。引き続き日本においては、官民の交錯を整理しながらの課題解決が必要です。

(参考下図)オーストリアでは公共サービスと商業的サービスにビジネススキームが分かれている(ウィーン工科大 柴山氏講演資料より)

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公共交通と道路が縦割りのまま

地域の移動は、公共交通道路整備道路交通規制(警察)の複合により担われるため、分野を問わずバランス良く改善することが効率的です。しかし日本では、3分野の縦割りが省庁、自治体どちらにおいても根強く残っています。

公共交通は民間事業が基本とされる一方で、道路整備、道路交通規制は行政自身によって担われています。道路特定財源は一般財源化されたものの、公共投資は道路に偏重しており、移動性向上のため公金が最適配分されているとは言いがたい状況です。

ICTの応用においては、かつて日本が世界をリードした「ITS」の旗印の下、2000年前後は公共交通においてもに3分野が協調し、PTPS、バスロケの技術開発が進みました。しかし現在、公共交通は「日本版MaaS」、道路は自動運転を中心としたITSに再び分化しています。その結果、両分野のデータの共有や、バスやモーダルシフトといった境界領域での協調がしきれない状況です。

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ビジョン・評価関数が無ければ最適化もAIも無い

商業ベースであれば利益最大化という評価関数が明確です。混雑や遅延のような観測しやすいサービスレベル改善についても最適化がしやすい分野です。このような取組であればデータやAIが活躍できます。

しかし地域公共交通全体は混沌とした業態となっており、社会全体としてどのような姿を目指すのかというビジョン、何をもって良しとするのかという評価関数を見失っています。

まずはビジョンを描き共有しながら、解くべき問題を見定め、指標、評価関数を作っていくことが、データやAIの活路を拓くことにつながります。

MaaS実験が現実逃避と「やってる感」の茶番劇に

MaaSブーム以降、「わが地域、わが社もそろそろMaaS」と、盛んに実証実験が行われるようになりました。技術の進展や、地域の関係者同士やICT業界との交流が進むのは素晴らしいことです。

しかし実証実験は、紙や普及済アプリを無視して地域独自アプリだけに邁進する、限定的なフリー切符のように事業の大勢に影響がない、目的も乏しくデータを蓄積する、センサーやディスプレイ等のハードやAIの導入自体が目的化、交通本業に手を入れず周辺事業ばかりに勤しむ、など実効性がはなから見込めないものになりがちです。自動運転も実効性を生むまで時間がかかります。

大衆受けが良く補助金も付く「やってる感」あふれる実証実験に、貴重なリソース、とりわけ地域人材が奪われた結果、現実への対処が進まない皮肉な結果に陥りがちです。

4Gすら活かせない社会にBeyond 5Gは無い

このような4Gでさえも活かせていない、複雑、非効率、非科学的、閉鎖的で納得感の乏しい分野のままでは、Beyond 5Gのあらゆる技術も、それらを作り活かせるだけの人材も、”too much”とされ地域交通分野の前を通り過ぎます。その結果、ソリューションはつくられず、社会課題は放置され、価値を産まないICTへの投資も進みません。

このような状況は、地域公共交通だけでなく日本社会の多くの分野で同様です。各分野でのキラーソリューション不在では、ICT自体も埋没していってしまいます。

地域公共交通分野から打開したい

私達は交通×ICTの分野において、研究・開発・ビジネス・政策、データ・システム・アプリ、情報提供・分析、道路交通・公共交通、生活・観光・災害時、と様々な領域で経験を積んできました。

とりわけバスデータの標準化・オープン化については、日本の1/4で進むまで継続的に社会実装を先導し、またそれを起点にICT企業・交通事業者・行政・学識・市民らを巻き込んだコミュニティを生んできました。

これらの経験も活かしながら、ICTを公共交通に、ひいては地域の発展に活かすプロセスを確立し、Beyond 5G時代における応用技術開発・社会実装の道を、同志と共に切り拓きます。

続編「解決のアプローチ」はこちら↓


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