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微生物の見える化は本当に大切か?

都市や建造環境における微生物コミュニティ(マイクロバイオーム)を調査し、健康な都市を創ろうとしている伊藤光平です。

この研究・事業をやっているといろいろな人に「微生物って見える化できないの??」「微生物見えるようになったら面白いのに!」と質問やご提案をいただきます。

視覚に偏った時代

分野問わず「とりあえず可視化!」みたいな風潮があるなあと思っていて、そこにはスマホ普及によってヒトが1日のうち使っている感覚が視覚に偏っていることも起因しているかもしれません。

そのため、視覚情報にアプローチできる「可視化」がまずはじめにアプローチ候補に上がってくるのかもしれません。ただ、視覚だけで得られた体験ってなかなか思い出に残らないよねとも思っています。

くわえて、こんな時代なので、仕事も飲み会もzoomで視覚優位な状況が続いてしまい、室内で多くの時間を画面の前で過ごすことで、オフラインだったら本来感じられる多様な感覚が、かなり鈍っている気もしています。

ぼくは大好きなUVERworldのライブに毎年4-5回程度行っていたのですが、昨年は生のライブがなくなって配信ライブを見てました。もちろん配信ライブも最高だったけど、余韻がないというか、、、消費して終わりって感じで、次の日の朝には割と忘れちゃってます。

生のライブでは、会場に向かう電車でセットリストを予想してワクワクして、入場すると会場特有の温度感を感じて、始まる直前のカウントダウンの盛り上がり、ホールで爆音の渦に巻き込まれたり、アーティストとのインタラクションだったり、ラストの曲でファン同士の一体感を肌で感じたり、終演後に夜の寒い街をみんなで歩いて最寄り駅まで向かったりなど、五感のフルパッケージがありました。 

この「五感のフルパッケージ」を体験として得られるかどうかが、ヒトの記憶や思い出に残る要因で、単なる視覚的なアプローチのみでは、Tiktokのタイムラインを流し見するような、再び想起されうることのない、いっときの消費コンテンツで終わってしまう懸念があります。

なので、人々が微生物を認知・実感して再び想起してもらうためには、微生物の可視化だけではなく、それに加えて嗅覚や触覚など五感をフル活用するコミュニケーションを設計するべきだと考えています。

以下に、僕が微生物の存在を実感してもらうために、視覚に加えて他の感覚も上手く使った事例をいくつか挙げてみます。

もやしもん

まず、微生物をうまく可視化した例として、「もやしもん」が挙げられます。とても有名な漫画だと思います。菌が見える農業大学の沢木くんが主人公のキャンパスライフを描いたお話です。

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『「もやしもん リターンズ」放送開始前に公式サイトで配布した63種類のツイッター菌アイコン。』より引用
https://kamosuzo2.tv/special/sp09.html

これまで微生物は、洗剤や石鹸のCMなどで「排除すべき病原菌」としてのみ可視化されていました。

もやしもんでは「悪い菌だけじゃなく、人間に良い働きをするものも、どっちでもないものも環境中にはたくさん存在しているんだよ」というメッセージがあり、愛着が湧く形で微生物たちが可視化されていた点がすごくいいコミュニケーションだなと思っています。

日常生活で、微生物が役立っているところを思い出したときに、この可愛らしいもやしもんの見た目が想起されてくる、なんてこともありそうです。

Nukabot(ヌカボット)

味覚を通じて微生物の存在や営みを伝える方法として「発酵食」が有効な手段になりえます。

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発酵は、乳酸菌、麹菌、酵母など様々な微生物が行う代謝によって食品が人間にとって有益に変化することを指していて、これが人間にとって有害な場合は「腐敗」と呼びます。

米ぬかを使った漬物である「ぬか漬け」は、ぬか床に入れた野菜などを乳酸菌発酵を用いて漬け込んでいきます。

ぬか漬けは、カビや腐敗を防ぐためにヒトが手でかき混ぜて上げる必要があり、ヒトが発酵のプロセスに大きく貢献することができます。

ぬか漬け界隈では、「このおばちゃんの手でかき混ぜると発酵がすごく早い」というゴットハンドおばちゃんがいるとよく聞きます。これは、かき混ぜる際にぬか床に混ざるおばちゃんの皮膚常在菌が影響しているのかもしまれませんし、ただ単にかき混ぜるのがうまいだけなのかもしれません。

僕が大好きな作品として、早稲田大学の准教授ドミニク・チェンさんのNukaBot(ぬかボット)という作品があります。

NukaBotは、ぬか床のpH, ガスなど多様なパラメータを毎日自動でセンシングしていて、ぬか床の状況によって「かき混ぜてください」と話しかけてくれます。

初めて聞いたときは「かき混ぜるのも自動化してくれないのかい!」とツッコミを入れたくなったんですが、ぬか床というある種の生命とのインタラクティブなコミュニケーションを促進させて、ヒトがぬか床にもっと愛着が湧いたり、気にかけたりすることを目的としているようです。

ぬか床というフィールドに微生物たちの生態系があり、目には見えない生き物たちがたしかに頑張って働いていることを実感しながら、僕たちも愛着を持ってそのプロセスに積極的に貢献できるようにしたNukaBotはすごく素敵だと思います。

BIOTA BEATS

聴覚を通して微生物の存在を実感する作品として、BIOTA BEATSがあります。本作品は、MITの合成生物学者であり写真や音楽などクリエイティブな分野でも活躍しているDavid Sun Kongさんらの作品です。

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BIOTA BEATSの公式HPより引用 http://biotabeats.org/index.html

人の体には、手、足、顔など部位ごとに常在菌コミュニティが異なっています。BIOTA BEATSは、ヒトの各部位の常在菌が培養されたレコード型の培地から音楽を生成するレコードプレーヤーです。

培養された常在菌がレコード型培地でコロニーを形成し、その位置がマッピングされ、対応している音声に変換される仕組みです。

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Biota Beats: What if you could make music from your microbiota?より引用 https://ani-liu.com/biota-beats

本作品は、皮膚から取れた様々な色や形のコロニーが培地に生えるという視覚的な情報だけではなく、常在菌コロニーの情報が、ヒトの共通言語である音楽として変換され、聴覚にも同時に伝わってきます。

人体にはこれほどにまで多様な微生物がいたのかという事実を視覚+聴覚で伝え、新しい視点を投げかけるBIOTA BEATSを初めて知ったときにとても興味深く感じました。

コンポスト

ここまではアート作品の例を取り上げましたが、最後に家庭でも微生物を実感できる「コンポスト」について紹介します。

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コンポストは、家庭から出る生ごみなどや落ち葉などの有機物を、微生物の働きを活用して発酵・分解させてできた堆肥のことを指します。いわゆる、循環型社会に寄与する取り組みとして再注目されています。

堆肥には、ぬか漬けのような発酵(分解)のプロセスが大きく関わっており、発酵中の堆肥は80度近くにまで上昇します。

あまりにも高音になると、高温を好む微生物と難分解性の有機物が残存するので、適度なタイミングで堆肥を切り離し、温度上昇を抑制したり、水分量を適度に保つことで発酵のプロセスを促進させます。

ヒトが堆肥における微生物による発酵プロセスを温度(触覚)として認知・実感し、そこに介入していくというプロセスは、ある意味NukaBotが果たすぬか床とヒトのコミュニケーションにも類似しているかもしれません。

見えない微生物を見えないままに実感する難しさ

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僕たちは都市における微生物コミュニティを多様化させることが健康な都市に繋がると自分たちの研究や先行研究を通して強く信じていますが、微生物が見えなかったり、そこに伴って効果に気づいていなかったりするヒトが多くコミュニケーションをどうやって取っていくか非常に悩ましいです。

地球のエコシステムとして、分解者として生態系を支える微生物。そこには重要な役割があるのですが、地球のエコシステムと隔絶されたように思われがちな都市でも、微生物コミュニティのもたらすインパクトは大きいと思っています。

今年はもっと積極的に共同研究や教育的なコンテンツ・イベント企画に参画したり、アート作品やビジネス、サイエンスなど多様な観点で、微生物の存在を触覚、嗅覚、聴覚など「五感のフルパッケージ」で認知・実感できるような取り組みを進めていきます!

参考にした記事

発酵のきほん

【序】ぬか床ロボットNukaBotの誕生

ぬか床とコミュニケーションする?発酵と腐敗のせめぎあいが生み出す豊かさ

コンポストとは?

土づくりのススメ - 深掘!土づくり考


使わせていただいたカバー写真

Elena Mozhvilo (@miracleday)


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