いびきと勘違い

家族旅行をした時の話である。

その日は丸一日京都観光をしたあと、ホテルの部屋で眠りにつくことになっていた。

私の布団の隣には父親の布団が敷かれており、すこし離れたところに祖父と祖母のベッドがならんでいる。普段は部屋で一人で寝ているので、誰かと一緒に寝るのも久しぶりである。

そして私は知っている。父親がとんでもない大きさのいびきをかくことを。

一度いびきが始まってしまえば、おそらく私は一晩中眠りに付けないだろう。以前の旅行ではあまりのいびきのうるささに寝室を飛び出し、リビングの硬い床の上で一晩を過ごしたことがある。なんとしてもいびきより先に深い睡眠状態に入らなければならない。

しかし今回は何とかなる気がしていた。というのも私が12時ちょい前に布団に入った後も、父親はしばらくナイトスクープを見ていたからである。ナイトスクープを見ている人間が、そのあとぐっすり寝れるわけがない。父親がナイトスクープの余韻に浸っているあいだに、私は深い睡眠に入り、とうとういびきに触れることなく朝を迎えることができるはずだ。

結局、ナイトスクープのおかげで私はぐっすり眠ることができた。父親のいびきが始まる前に、無事私のご依頼が解決されたのである。

しかし午前2時ごろ(体感)。私は何かの拍子に目を覚ましてしまったのだ。普段なら寝返りだけを打ってまた眠りにつくのだろうが、運の悪いことにすでに父親のいびきは始まっていた。真横でバイクが信号待ちをしているようなそんな大きさである。

もちろん寝つけるはずもなく、丑三つ時の地獄は始まった。んぐうーーーーと空気を取り入れながら発するいびき(Aタイプ)。ごがあーーーーと空気を吐き出しながら発するいびき(Bタイプ)。二種類の地獄が交互に押し寄せ、私の目はさえる一方である。耳をふさいでも無駄だ。真横で新築の一軒家が建造されているようなそんな大きさである。

いびきはとどまるところを知らず、だんだん空の色が明るみを帯びてきた。チュンチュン、と鳥のさえずりが残酷に響く。そろそろ4時台突入といったところであろうか、いびきの音量は増してきたようにも思える。真横で異星人がカラオケをしているようなそんな大きさである。

私は頭がおかしくなりそうだった。ついにそのいびきに対抗し、「うっせえよー」「もうやめてくれー」となかなかの声量で悲鳴を上げ始めていた。しかし父親は一向に目を覚まさない。そうだった。彼は耳栓をしているのだ。異星人のカラオケボックスに息子を閉じ込め、自分は静寂の世界に逃げ込むとは許されざる行為である。それでも私は声を上げ続けた。

「おかしくなっちゃうよーー」「明日ぶっ倒れちゃうよーー」そうこうしているうちに祖父母が目を覚ましてしまった。完全に私のせいである。申し訳ないことをした。しかしこれはすべていびきのせいなのである。にっくき父親のいびきめ。にっくきナイトスクープめ。

結局、父のいびきがやんだのはおそらく5時半ごろだったと思われる。やんだらやんだであれ息してるかなとか心配してしまったり、睡眠不足で自分は明日倒れてしまうのではとか考えてしまい結局一睡もできなかった。今日は2時間弱くらいしか寝れていないのではないか。これはまずい。私は受験直前期でも7~8時間は絶対に寝ていたようなやつである。

6時。目が覚めた父にいびきの件、そして一睡もできなかったことを伝えた。すると父は言った。「さっきお父さんが服を着替えていた時はぐっすり寝てたで」

さっき?着替え?ん、何のこと??

祖母が言った。「いびきが始まったのはだいたい4時半くらいやったねえ」

パニックである。

いろいろ聞いてみると、どうやら私は12時から4時半くらいまでぐっすり寝ていて、いびきに1時間弱悩まされたのち、また数十分(その間に父親は目覚めて服を着替えている)寝ていたようだ。えらく勘違いをしていた。つまり5時間程度はしっかり寝れているということか。

2時間弱しか寝てないと思ってた。「おかしくなっちゃうよー」とかわめいてた。いやこれめっちゃはずいな。

父親はいびきの件を謝罪してきたが、悪気があったことではないので非常に厄介である。謝られれば謝られるほど罪悪感が湧いてきてしまうのだ。耳栓をしていなかった私が悪いということにしておこう。


一睡もしてないと思いながらも、人は案外寝ているものである。翌日の京都旅行も問題なく楽しむことができた。


テッテッテン!

おしりんまるwwwww