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安心を取り戻すまでに アフターコロナ

新型コロナウイルス感染拡大予防のための
緊急事態宣言が解除され、
再び日常へという動きが出てきました。
喜ばしいことではありますが、
安心できる日々の暮らしを
確かなものとして実感できるようになるには、
まだまだ時間も支援も必要であるだろうと感じます。

先日、子どもたちが、
「三密」や「ソーシャルディスタンス」
という言葉を使って、
リズムよくジェスチャーもつけて遊んでいる様子を目にしました。

子どもたちはとても楽しそうに嬉々として遊んでいました。
見ている親や大人たちからは、
「気が滅入るでしょ」とか、
「嫌な気分になる人もいるのでは」などなど、
否定的な意見が出ていました。

私も最初その遊びを見た瞬間は、
正直どきりと不安な感じがしました。
でもすぐに、
「地震ごっこ」のことを連想して
腑に落ちました。


阪神・淡路大震災(1995年)の後、
被災地の子どもたちがおもちゃなどを揺らして
「地震が来た」「逃げろ」
などと遊ぶことが、
多数の避難所で報告されました。

東日本大震災(2011年)でも
「地震ごっこ」や「津波ごっこ」が、
子どもたちの間で遊びとして生まれたそうです。

今回の新型コロナウイルスの件でも、
急な休校、
長引く日常の喪失など、
震災と同じような
心の動揺が生じている
子どもたちは少なくないでしょう。
(大人たちも同じですね)


阪神・淡路大震災の時、
心のケアや精神医療に力を尽くしてくださった
精神科医安克昌先生は、
「地震ごっこ」のことを、
あまりに大きなショックで受け止められないものを、
ごっこ遊びにして、
子どもなりに気持ちの整理をしているのだろう
と述べています。


子どもたちの本分、
遊ぶことを通して、
回復しようとしているのだと思います。


アフターコロナと言われますが、
ここからの心のケアや支援が、
実はとても重要ではないかと思っています。

支援者の心構えとして
大事にしたいことが書かれている文章を
ご紹介したいと思います。
精神科医滝川一廣先生の言葉です。

「臨床家の仕事は
 登山よりも下山にたとえられるだろう。
 未踏峰に挑んだり山頂のきわみを
 目指すものではない。
 立往生したり
 遭難したりした者に寄り添って、
 少しでもふもとを目指すのが
 役目だと思う。
 わたしどもは下山家である
            (滝川,2003)」


登山をした人であれば、
登りより下りのほうが
怪我をしやすく注意が必要
ということはご存じでしょうね。

短期決戦は苦手だけれど、
プロセスを大事にして
長期的支援をすることは、
私たち心理療法家の得意分野であるはず。

そう自分を励ましながら、
アフターコロナの心のケアにおいても、
じっくりと取り組んでいきたいと思っています。


(参考引用文献)
『心の傷を癒すということ』 著:安克昌 角川ソフィア文庫 2001
『「こころ」は誰が壊すのか』 著:滝川一廣  聞き手・編:佐藤幹夫 洋泉社 2003


(20200525記載)

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