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第34話 人魚姫

夕陽に照らされた浜辺。そこは海水浴場ではないようで、若い男と女が2人きり。男性はTシャツに短パン、ビーチサンダル。よく日に焼けた小麦色の肌にやや長い金髪。彼女の方は白いワンピースに麦わら帽。長い黒髪を潮風にたなびかせている。
「…そっか。直也、本当にサーファーになったんだ」
「おう」
「すごいよね。だって、ずっと憧れてたもんね。それで散々周りから「現実を見ろ」って言われててさ」
「そうだったな」
「私、アレ衝撃的だったな」
「ん?」
「高3の進路指導の時にわざわざ学校にサーフボード持ってきてさ、「オレ、これで飯食ってくんで」って言ったやつ」
「えー、オレそんなの言ってたっけ?」
「言ってたよ!アレ全然意味分かんなかったんだけど、学校がざわついたって噂になってさ。なんか、あの後ロックに憧れる軽音部に影響与えたらしいよ」
「何だよ、それ!」
恥ずかしーなー、と呟きながら、直也と呼ばれた男性はポリポリと頭をかいた。

「てかさ、変な話していい?」
「ん?」
「サーファーって、収入どんな感じなの?」
「本当に変な話するなぁ。んー、まぁ、大会の賞金がメインかな。有名になったらスポンサー契約とかあるけど、オレはまだそこまでいってないからさ…」
「そっか…。不安定なんだね」
「まぁ、そうだな。今もバイトしてるし」
「え、そうなんだ…。あ、ごめんね?変なこと聞いて」
「いや、全然」
「なんかちょっとイメージ沸かなくてさ。あれだけ「オレ、これで飯食ってくんで✨」って豪語してただけに、現実どんな感じなのかなって気になってさ」
「お前、そういう全部言い切れるところ変わってないな」
「そう?ありがと」
「褒めてねぇよ」という一言をなんとか飲み込むべく、直也は足元の砂を蹴った。

二人は小中高と同じ学校に通っていた幼馴染みである。地元の友人の呼び掛けでプチ同窓会が開かれた日、二人は高校卒業以来5年ぶりに再開した。意気投合した二人は、同窓会の次の日、地元の人気のない浜辺で二人きりで過ごしていた。

「そういえば、お前は今何やってるの?」
「私?…ふふっ。…私も、直也みたいに小さい頃の夢叶えた感じかな」
「夢?お前の夢って何だっけ?アイドル?」
「ううん、アイドルなんて、そんなの私のガラじゃないじゃん!」
「そうだな!」
「えー、何それ!もー!」
彼女はピシャッと水面を蹴った。水しぶきが夕陽を反射させてキラキラと眩しい。
「私、人魚姫やってるの」

「え?…人魚、姫?」
「そう。人魚姫。かれこれ幼稚園の頃からずーっと夢でさ。最近やっと…」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「人魚姫って何?え、そういう何か作品みたいな、えっと、女優さんってこと?」
「違うよ」
「コスプレイヤー?」
「違うってば。本物の人魚姫!」
「本物って言われても…え、どういう、何?」
彼女は深くため息をつき、腰に手を当てて、
「分かんないかな…。上半身が人間で、下半身が魚の、幻の生き物、人魚姫。それのプロ!職業としてやってる、人類初の人。OK?」
「…お、おぅ…」
ザパーン…ザザザザァァ
少し強い風が浜を通っていった。

「あー。その、人魚姫?って、収入とかどうなってんの?」
「収入?え、それ聞く?」
「いや、さっきオレの聞いたじゃん」
「あ、そうだったわ。うーん、まぁ波はあるけど大体で年800万くらいかなー」
「は!?」
「まぁ、でもいろいろ大変なのよ?てか、人魚姫になってから分かったんだけど、貝殻ビキニってダメね。かゆくなっちゃう…」
「え、待って。800万、って円?」
「当たり前でしょ!800万ドルだったら8億円とかじゃない!バカじゃないの?」
「そうだよな…。え、それって、どうやって?」
「どうやってって…。あの、マグロ漁船に乗るでしょ」
「マグロ漁船!?」
「そうよ。で、そこで働くの。大体半年くらい。そしたら、中には売り物にならないお魚も出てくる訳よ。そういったお魚さんたちの皮を剥いで、キレイになめして装着して、人魚姫をするの。だから、青色申告ね」
「何が?」
「確定申告」
「人魚姫って確定申告するんだ!」
「まぁ、個人事業主だからねー」
「んで、人魚姫って具体的に何やってんの?」
「んー、まぁ、海の生き物たちと戯れたり、海に迷い込んだ淡水魚を川の河口に誘導したり、1回3万円で撮影会したりとかかなー。あ、今は漁の時期じゃないから人魚姫活動だけやってるって感じかなー」
「今、って、今日とかも呼ばれたらどっかにその、人魚姫しに行く感じ…いや、「人魚姫しに行く」って気持ち悪いな…えっと、やるの?」
「うん。呼ばれたらっていうか、まさに今も人魚姫やってるよ、私」
「えっ!?」
直也は改めて彼女の体を見た。しかし、どこにも魚らしさや人魚姫っぽさはない。上半身も下半身も、今の彼女は人間だ。
「ほら、よく見てよ。ここ!」
パシャっと波を蹴り上げた白い右足の先。よく見たら何か灰色のモノが引っ付いている。
「めだか」

「今シーズンは良いのが捕れなくって、足どころか足の指すら入らなかったのよね。まさかめだかで活動するなんて思ってもみなかったわ」
「へ…へぇ」
「捕れる魚によって人魚姫活動に幅が出ちゃうの。去年はね、左ヒラメに右カレイですごく泳ぎやすかったんだよね。あ、写真見る?」
「あー、うん」
彼女がスマホを取り出したちょうどその時、彼女のスマホが着信を告げた。
「あ、ごめんね。ちょっと電話出る」
彼女は直也に背を向けて、
「はい。あ、船長!お疲れさまで…えっ!?私サイズのカジキが釣れた!?わかりました、すぐ行きます!」
「どうしたの?」
彼女は直也の腕をグッとつかむと満面の笑顔で言った。
「ねぇ。人魚の仕事見たくない?」
「え?」
「プロの人魚姫の狩り、見せたげる!」

二人は夕陽の沈む浜を、勢いよく走り出した。
もうすぐ、夏が終わる。


<END>
2021年3月31日  MEKKEMON より

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