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3月3日 ジグソーパズルに思いをのせて【今日のものがたり】

 もうすぐひなまつりだ。
 我が家にはひな人形がない。娘の都(みやこ)には申し訳なく思うのだけど、都が思いついて頼んだものを数年前から飾っている。いつも都は楽しそうに作ってくれているから、私はそれに救われている。

「お父さんって絵が上手だったんだね」
「そうね。子どもの頃は漫画家を目指していたみたいだから」
「えーなんで漫画家にならなかったの?」
「なぜかしらね。でも、絵はずっと描いていたのよね」
「そっか。でも、描いていてくれたおかげでこのパズルが作れたんだよね」

 都と私の目の前にはジグソーパズルがある。パズルの絵は都のお父さん、私の夫が描いた絵だ。
 絵をパズルにできることを都が教えてくれた。お父さんの絵を飾ろうよって提案してくれたとき、私は少しだけ躊躇した。私は夫の描いた絵が、とても、とても好きだった。だからもう、新しく描かれることはないと知るのが怖くて、見えるところに絵を起きたくなかった。好きなのに見たくないなんて、寂しい話だ。でも、心はそういう気持ちだった。

 都は私と二人だけになってから、一度もさびしいと口にしなかった。でも、近所の同級生のお父さんと時々キャッチボールをしていて、そのときの表情を見て、ああ、都も本当は寂しいのだ。言わないことが都の私への優しさだと気づいたとき、私は都にありがとうね、と伝えた。都はきょとんとしていたけど、頭をぽんぽん、なでて小さく笑った。もう少しで泣きそうだった。

「今年は五人囃子の部分だね」
 パズルのそばに、夫の描いた絵がおいてある。都の三歳の誕生日に描いた、ひな人形の絵。それをジグソーパズルにして、ひな人形のかわりに飾る。毎年、すこしずつ段数が増えていくようにパズルを作ってもらった。
「五人とも表情が違うんだよね。お母さんはどの子がいい?」
「そうだなぁ、私は……この謡かなぁ」
「お母さん、面食いだね」
「そうかなぁ」
 夫の若い頃に面影あると話したら笑われちゃうかな。
「わたしは笛の少年。なんかちょっとすましてる感じがかわいい」

 夫は確かに絵が上手だったと思う。この五人囃子も一人ひとりちゃんと違う顔で、それぞれに物語がありそうな生き生きとした表情をしている。なんて手前味噌かな?

「ひな人形のパズルが完成したらお父さんに報告しないとね」
「そうね」

 ありがとう。ひなまつりをこうして都とふたり、楽しく迎えられるようになったのはあなたと、都のおかげです。

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