レストランを転職した理由⑤-決断-
世界最高峰のレストランを体験した。
東京駅までの道のり、新幹線の中、そして家に帰ってからもずっと、面接の話を進めようか考えた。
あの厨房に入れば料理の知見が広がることは確実。
しかし東京に単身赴任となるため、生活はギリギリになる。
自分の料理のために、家族との時間を犠牲にしてもいいのだろうか。
料理が上手になることと、生活を充実させることは別軸で考えたほうがいいのではないだろうか。
料理人に限らず、料理を追及している人は、「更なる美味しい」を求めて国中、または世界中を回る。
様々な美味しいものに出会うと、次第に自分の中の美味しいのハードルが上がっていく。
そして気が付けば、何を食べてもそのハードルを越えなくなる。
それが「停滞」。
料理人にとって停滞とは退化と同義である。
何を食べても美味しいと思わなくなった自分は、今まさにこの状況の中にいる。
そこから抜け出したい一心で料理と向き合ってきたし、レストランを食べ歩いた。そして東京に研修に来てみたりした。
それでも答えは出なかった。
世界最高峰のレストランを体で感じても答えは出なかった。
残ったのは迷いだけ。
でも、ふと思った。
この迷いは、裏を返せば「答え」だと。
迷っている原因は、家族との時間。
ここまで様々なことをしたうえでまだ迷いがあるのなら、自分にとって大事なのは料理よりも家族であるということ。
地方とはいえ、県下で有名な高級レストランで部門シェフまで務めた。
キャリアは十分。
「いつまで修行するんだ」って話。
この先料理を続けるのであれば、今までやってきた料理の血統で勝負するしかない。
自分が作った料理で、数多くの人が喜んでくれた事実は変わらないのだから。
今まで通り、自分の料理の血統の中で美味しいを追及し続ければ、それはそれで立派な仕事ではないのだろうか。
ひたすら料理と、そしてお客さんと向き合い、「美味しい」を求め続ける。
何もミシュランの星にこだわらずとも、お客さんにとってはそれが、三ツ星級の食事になるかもしれない。
ミシュランシェフという名誉が欲しいわけじゃないのだから、それでいいじゃないか。そう思った。
これは妥協ではない。
今の自分にとって、飲食業界で働きながら家族との時間を犠牲にしない、最善の手段を選んだ。
世界最高峰を見たうえで出した決断。
後悔はない。
そうして悩みに悩んだ末、L'Effervescenceの面接を辞退した。
その翌日、停滞している事実と向き合い、環境を変えることを決意。
長年のキャリアを捨て、部門シェフを務めるレストランに辞表を出した。
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