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レストランを転職した理由[最終回]-料理が美味しいことよりも大事なこと-

初めての転職先である高級フレンチレストランを1ヶ月で辞めた。

各個人のくだらないプライドが、料理の妥協を生んでしまったり、そのお皿がお客さんに悪い影響を及ぼしてしまうような、料理人としてあってはならない行為が横行していた。
それにこの店にいても、これから先あらゆる方面の自分自身の成長につながらないと本能的に思ってしまった。
店のスタッフを大事にできない人は、お客さんを大事にできない。
お客さんを大事にできない人は、いいお店なんて作れない。

個人経営で1人で切り盛りしている店なら話は別だが、レストランは働くスタッフ全員で「チーム」であり、個人戦ではない。

そこには人を動かす能力であったり、誰が何をしているか、また何をしようとしているかを把握する能力、そして的確な指示を出すコミュニケーション能力など、料理以外に必要になってくる能力がたくさんある。
個人の料理の腕だけで、「すげーだろ」なんていうプライドは、チーム戦では一切の効力を発揮しない。

いくらミシュランシェフでも、料理しかしてこないとそういった能力が全く備わらず、本当に料理しかできない人間になってしまうんだな、ということを痛感した。

今まで料理のためなら不必要と感じたものは全て削ぎ落してきた自分が、将来ものすごく美味しい料理を作れるようになったとしても、「人と関わるうえで大切な能力」の値が低ければ、結局社会で通用しない人間になってしまう。
つまり人の上に立てる器の人間には一生なれず、歴だけ積んだ能力のないベテランになる。
それではいつまで経っても周りから認められない。
つまり評価もされず、当然生活も豊かにはならない。

料理以外のそういった能力こそが、「料理が美味しいことよりも大事なこと」の正体かもしれない。
人を大事にすることが、人を動かし、チームとなり、いい料理につながる。
「人」として生きる以上、なにより大事なのは「人」である。

30歳を過ぎてから、「さて、自分にはどんな能力があるのかな」と振り返ったとき、

料理はできる。でも、

お店の数字を管理できる能力はない。

人を育てる能力もない。

マネジメント能力もない。

経営戦略を立てる能力もない。

言語化能力も乏しい。

お金を稼ぐ能力もない。

いずれ独立するのであれば少なからず必要になってくる能力が、自分には何一つなかった。

同僚がよく言っていた、「時間がない」、「給料が低い」。
飲食業に関わらず、そんなの当然だ、ってことに気が付いた。

料理を作ることにガムシャラに時間を浪費しても、料理は美味しいがその他は人並みな人。
そんなのはすごくもなんともない。
それは「ただ料理ができる人」。
料理の腕を除いて、やってることで言えば1年目の下っ端料理人と同じではないだろうか。
そりゃ時間もないし、給料も低いよねって話。
料理しかできないのだから。
+αのことをしなければ評価はされない。
料理人が料理をして、美味しいものを作るのは至極当然の仕事なのだから。
ただガムシャラに働くだけなら、誰にでもできるのだから。

ただガムシャラに働く、料理しかできない人。
自分はそんな人間にはなりたくない。

もちろん、料理を作ってお客さんを喜ばせる「プレイヤー」であり続けたい思いはあるが、同時にお店の経営だったり数字管理、人をマネジメントする「管理職」にもなりたい。

自分の可能性をもっと広げたい。

そうすれば料理に携わりながらも、もっと生活を豊かにして家族に良い思いをさせられるかもしれない。

飲食業にそんな都合のいい仕事なんてないって何度も言われたし思ったこともあるが、それは料理しかしてない他人や自分の戯言であり、力を付けてプレイヤーと管理職を両立させれば見えてくる未来もあると思った。

今までレストランにいたから、自分はレストラン属性なだけであり、なにもレストランにこだわる必要はない。

それに高級レストランにいて、ずーっと料理のことばかりを考える生活とは少し離れたかったのも正直なところ。

大衆食堂だったり、居酒屋でもいいのではないか。
美味しい料理はどこでだって作れる。
お客さんのお腹を美味しい料理で満たし、自らの人間性の部分で心まで満足させられれば、そのお客さんにとってそれは三ツ星級の食事ではないだろうか。

これから先どんな仕事をするにしろ、社会で通用する能力を身に付けよう。

料理以外の武器を増やそう。

30歳を越えて、「今まで何をしていたの?」なんて言われないように。


今気付けて本当に良かった。


そうして10年間続けていた「レストラン」という職場から離れることを決めた。

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