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歪んだ世界に光あれ◎アリ・スミスの短編

 原題は<the child>。邦題は「子供」。この短編を読んで、作家のアリ・スミスに僕は興味を持った。「子供」は『コドモノセカイ』に載っていた。『コドモノ』は岸本佐知子さんの訳篇したアンソロジーである。

 あらすじは、こんな感じ。主人公の女が、職場の昼休み、スーパーマーケットへ買い出しに行く。買い物の途中、野菜売り場に置いていたはずのカートが消えてしまう。誰かが持っていったのかと思いきや、同じ場所に別のカートが置いてある。
 そのカートには、金髪の巻き毛、白い肌、バラ色の頬をした、美しい子供が乗っている。その美しさは、まるでクリスマスカードに出てくる天使か、イギリスの絵本に登場する子供のようだった。
 カートの中をのぞくと、女の入れたものとそっくり同じものが入っている。明らかに女のカートであった。おそらく誰かが、女のカートにこの子供を乗せたのだろう。
 ひとまず、女は、子供をカートに乗せたまま、サービスカウンターを訪ねる。サービスカウンターには若い女の店員が一人いた。店員の名札をみると〈マリリン・モンロー〉と書いてある。
 マリリン・モンロー?
 ストーリーはこのあたりからおかしな展開へと転がっていく。アリ・スミスの世界観が炸裂する、といった方がいいだろうか。
 サービスカウンターには<迷子のお知らせ>は届いてなかった。それどころか、子供が泣き始めたために、受付には野次馬の人だかりが出来る。騒ぎになるだけならまだしも、女がこの子供の”母親”であると誤解を受けてしまう。そして、あろうことか、女は渋々この子供を引き取る羽目になる。
 昼休みの時間はとうに過ぎてしまった。女は子供を車の後部座席に寝かせ、スーパーマーケットを出る。車を走らせながら、女は子供の処遇に思案を巡らす。すると、後部座席から声がする。
 まったく下手くそな運転だね。
 子供がしゃべっていた。女は子供の愛らしい声に思わずうっとりしてしまう。しかし、女は子供のしゃべりつづける内容に閉口してしまう。なぜなら、”ゲスの極み”ともいうべき発言を子供が連発していくからだった。
 その後、女は子供をどう処置するか。子供はどんな運命を辿るか。結末はぜひ短編を読んでほしい。

 ごくありふれた日常。アリ・スミスの短編は一見大人しくそうみせかける。だが、仕掛けのスイッチの入った途端、作家の想念が全開していく。まるでSFのようにあり得ないセカイが展開していく。作品のなかにはクセのつよいものも多いのは事実だが、僕はアリ・スミスの凸凹したストーリーテリングを偏愛する。この歪んだ世界に光あれ!



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