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アンサー


ここはどこだろう。

見たことのない場所に、上下左右というか全体的に夜に包まれてるようなへんな空間に私はどうしているのだろう。


なに、君また来ちゃったの?

送り返すのも一苦労なんだから、いい加減にしてくれますかね?


不意に声をかけられたのでその方向へ体ごと顔を向けると、顔の見えない誰かが私の方へと移動してくるところだった。

互いに手を伸ばせば届くくらいの位置でその人は止まった。

目深にフードをかぶっていてその人の顔を認識することが出来ない。


あの、ここどこですか?

あー、うん、そうだよね、覚えてないよねー、そりゃそうか

君、ここに来る前になにをしたか覚えてる?


そう問われて私は、自分のしたことを思い出した。

私は浴室で手首を切り、三度目の自殺をはかったのだ。

それが私の一番新しい記憶で、それ以降のことはわからない。

ただ、気が付いたらこんなよくわからないところにいた。


うん、そうそう、その顔は思い出したみたいだね

君、自殺をはかったんだよ

まぁ、成功したかどうかはまだ教えてあげられないんだけどね

それは、どういう……

どういう意味かはこれから考えてくださいね

それより、今回はなんで死のうなんて思ったの?


私が何も言わないでいると、その人は堰を切ったように言葉を私に突き付けてきた。


自分の頭の出来が悪いから?

周りに溶け込めなくて友人がいないから?

せっかく仲良くなって親しくなった友人や恋人に裏切られたから?

引きこもり続けた挙句に親にお前なんか産まなければよかったって言われたから?

それとも単純に自分で自分なんか産まれてこなければよかったって思ったから?

あぁ、違うか、いや、もしかしたら今言ったことの全てかな?

全部ひっくるめて生きてるのが嫌になっちゃったとか?

ははぁ~

人間ってのは本当に自分の内側に負債を抱え込んで

周りにぶち当ててから自分に跳ね返ってきて

それで勝手に絶望してサクッと楽な方に流れちゃうもんなんだねぇ


そんな言い方……!

え?なに?違うの?

だったらなんで君、自殺なんかはかったのさ?

生きてるのが嫌になったんでしょ?

生きててもいいことなんかなーんもないとか思ったからじゃないの?

私は……、確かに、そう、だけど……でも

うん、なに?


私はまた黙り込んでしまう。


本当のこと言われてなにも言い返せない?

私は言い当てられたことが悔しくて、少しずつ言葉を吐き出していく。


……確かに

私は親との不和とか学校の勉強とか友人との折り合いが良くないとかいろいろ

本当にあなたの言ったようなこと全部、私思って

この先生きてても何もないって思って

それで浴室で手首切って死のうとした

でも、でも

でも、なに?

死にたかったわけじゃない

じゃあこの自殺は手違いだったってことかな?


そういうわけでもない、と小さな声で口から洩れた。


死にたかったわけじゃないけど、自殺は手違いじゃない、か

わけがわかんねぇなあ、おい


声色が急に変わったその人は、私に三歩だけ近づいた。


生きたいのか死にたいのか、ハッキリしてくんないと困るんだよねこっちも

この先、生きててもやっぱり良いこととか何もないかもしれないけど

でも、でも

もしかしたら本当にもしかしたら何かあるかもしれないし

でもやっぱり何もないかもしれないけど

けど……


先に続けようとする言葉がうまく出てこない。

数分経っても続く言葉が出てこないことに、痺れを切らしたその人がもう一歩踏み出して私の胸倉を片手で乱暴に掴み上げる。


それでも君は生きようとしてる

それはなぜだ言ってみろ


……ら


聞こえねぇな

もっとハッキリ聞こえるように言えよ!



だって、このまま終わるなんて嫌だから!

何もないまま、不幸なまま終わるなんて間違ってると思うから!

そんな終わり方、絶対におかしいと思うから!

望んで産まれてきたわけじゃないけど

だからって自分で不幸だって思って

産まれたことに絶望して終わるなんて、嫌だから……

だから、だから、私は

生き続けることでそれを証明したいからっ……!


頬に涙が伝っているのが嫌でもわかるくらいに、ぽろぽろと目から落ちていく。


なんだ、わかってるじゃないか

わかってるならもういいや、二度とこんなとこ来ないでよね


そう言ってその人は手を離す。

それと同時に私は私がこの変な空間から消えて行くのを感じた。

近くにいるはずなのに顔は結局最後まで分からなかったけれど、その人は消えて行く私に向かって確かにこう言っていた。


生命への反抗

大いに結構じゃないか

君らしいよ

まったく


その声は少し柔らかかった。






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