原石の記憶
友人の結婚前祝が終わって帰る時に、私は方向が一緒だった彼女と指輪の原石について話をしていた。
きっかけはやはり結婚をする友人の左薬指に付いていた、わりと大きめのダイヤモンドなのだろう。
ダイヤモンドに限らず、あらゆる宝石は職人の手によって原石以上の価値へと変わる。
だが、その工程で原石の三分の一か四分の一くらい大きさが減っているのだ。
あの友人のつけていたダイヤモンドは、どのくらい削られたのだろうか、と考えると同時に削られて落ちていった、宝石としては輝くことが出来なかった部分のことも考えていた。
まーた、なんか変なこと考えてるでしょあんた。
彼女には私が何か普通の人なら考えないような余計なことを考えている時がわかるらしく、今と同じようにいつも言葉をかけてくる。
私は原石のことについて考えていたこと、そこから派生して思ったことを正直に彼女に話す。
私は、……原石のままでもよかったんじゃないかって思うの。
輝けなくてもいいから、そのままにしておいた方がいいんじゃないかなって。
確かに、カットされたりして宝石になるのもいいとは思うんだけど、カットされた部分だって宝石の一部なんだって考えると……なんかこう、もやもやしちゃって。
ははあ~と彼女は半分笑いながら呆れたような声を出す。
あんたやっぱ変わってるねぇー。
削られてなくなった部分の原石のこととか、普通考えないよ?
うん、そうなんだろうけど……。
彼女はちょっとこめかみに手を当てて考える仕草をした。
そして立ち止まり私の目を見て言う。
物に記憶が宿るって話、聞いたことある?
大事にしてきた物だったり、あー、臓器?とかにも記憶が宿るとかいうんだけどさ。
それが本当なんだとしたら、あの子のつけてたダイヤモンドにもきっと原石の頃の記憶があるんじゃないかな?
削られて自分から失われていった部分のことも含めて、自分はもとはこういう形ではなかったんだって覚えてるんじゃない?
それはきっと、削られて輝くことのできなかった部分だって同じで、あぁ自分達は宝石にはなれなかったけど本体が輝けるならいいか、とか思ってるよきっと。
だってもとは自分、だったんだからさ。
彼女は私を納得させるために言葉を選んでいたのだと思う。
私だったら、どうして自分は削られる側なんだろうとか暗い方に考えてしまうから、反論させないために一気に言い切ったのだろう。
私は、そんな彼女の優しさそのまま受け取ることにして、そうだねと微笑んだ。
大丈夫だよ、宝石になったダイヤモンドは削られていった原石の部分を忘れたりしないから。
彼女は私の不安な部分を感じ取ったのか、そう言葉を続けた。
そして大きく口を開けてにかっと笑い、こう付け足す。
忘れないってことはつまり、ずっと一緒ってことでしょ?
彼女のこういう前向きさは私にはないもので、ちょっと言っていることの意味がわからなくても、ああそうかとどこか納得してしまう私がいる。
そして私は彼女が友人として私の側にいてくれることに、心の中でそっと感謝した。
彼女がいなかったら、きっと私は何度も薄暗い思考の中でがんじがらめになって身動きが取れなくなっていただろう。
私には少し眩しすぎるくらいの考え方の持ち主である彼女は、まだ歩きながら原石の頃の記憶が~と、にこにこしながら話している。
帰宅して布団にもぐりこんだ時、私は不意に思い出す。
『忘れないってことはつまり、ずっと一緒ってことでしょ?』
そう言い切った彼女は、あの子のつけていたダイヤモンドよりもずっと輝いていた。
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