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雨の音がする。

あたしの目は節穴だから、雨をこの目にとらえることはできない。

でも雨の音ならとらえることができる。

でも音だけとらえても、その本質には近づけない。

見て、触れなければ辿り着くことができない。

あいつに言わせればあたしは出来損ないのポンコツだ。

不完全で不要、なんの役にも立たない。

……らしい。

我ながらひどい言われようだなと思うけど、役立たずっていうのは間違っていないので言い返しようがない。

あいつは全知全能だから誰にどんなことを言っても許されると勘違いしているところがある。

ゆっくりとおぼつかない足取りでベランダに続く窓へと向かう。

途中何かが足に触れた気がしたけれど、きっと人形かなにかだろう。

床に危険物は置かないのがあたしの流儀だ。

……というか、普通置かないだろう爆発物とか。

ガラガラと少しだけ重ための音をたてて窓を開ける。

ひんやりとした空気が体を抜けて部屋に入り込んでいく。

あたしはその空気とは反対に外へ出る。

あたしの部屋のベランダは少しだけ広くなっているのだが、それは温情とかそういうのではなくてただの嫌がらせだ。

あたしは狭いベランダでいいと言ったのに、あいつがそれを勝手に変更した。

最悪な変更だし、最低な嫌がらせだ。

嫌がらせに最高があるのなら、の話だけれど。

外は少しだけ肌寒く、上着かブランケットを持って来るべきだったかもしれないと心の中で悔やむ。

でもそもそもあたしはそんなに長時間ベランダに出るわけではないので、その考えはスッと消えていく。

ベランダの縁まで寄って手を伸ばす。

雨がいくつも手に落ちてくる。

音を聞いた時に思ったけれど、今日の雨は結構量が多いようだ。

雨の音以外、他の音が聞こえてこないのもその証拠だろう。

短くため息を吐く。

音だけとらえても意味がない。

本質に辿り着くことはできない。

ぎゅっと開いていた手を握る。

手の中に溜まっていた雨が隙間から溢れて落ちていく。

不意に後ろで妙な音が聞こえた。

足音が聞こえなかったのは、雨にかき消されたというわけではなさそうだ。


シャラシャラと妙な音が近くで鳴るのをとらえた。

この音はあいつの身につけている何かの音だ。


なんのよう?

あいつは答えない。

役立たずの不用品だけど、あんたが近くにいることくらい音でわかるわ

もう一度だけ聞くけど、なんのよう?

大げさなため息が左横から聞こえた。

お前は本当に耳だけはいいな

最低な能力だよ、本当……殺せないのが残念だ

退屈そうな声からその気がないことは把握できた。

でもそのことを伝えると本気で殺しにかかってくる可能性があるので言わなかった。

あいつは要件をまだ言っていない。

本当になんのようなの

別に……盲目の役立たずが部屋から出たらしいから何をしているのか見に来ただけさ

それだけじゃないでしょう

……その耳は本当に色々なものをよくとらえるな

そろそろ俺によこす気になったか?

『さっさと死んで俺によこせ』

あいつの考えがあたしの中に入ってきた。

見えもしないのに目をきつく閉じて、入ってきた考えを外に追いやる。

あたしの耳が欲しいなら、さっさとその手で殺せばいい

声が震えなかったのは、今回が初めてかもしれない。

あいつが笑った音が聞こえて、そしてあいつの気配もどこかへ消えた。

居なくなったことで体の力が抜けて、少し雨に濡れているベランダに座り込む。

なんで、こんな力を持ってしまったのかと泣きそうになる。

この力のせいで、いつ殺されるかもわからない状況をいつまで過ごせばいいのか。


ひんやりとした空気と雨の音だけが、あたしの周りを満たしていった。






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